「光陽社 発祥の地」
研磨剤メーカーとして70年近く操業
★ジャンル【企業】
★場所 足立区小台2-24-10
★最寄駅 都電荒川線小台駅
★碑文
「1926年8月 筑後柳川藩 戸次兆一嫡男 創 妻 力子と研磨材料の製造販売に着手して光陽社を創業 ここ小台町内に本社 工場 研究所を展開するに至る 1981年2月 光陽社は長期経営計画に基づき 明日のためのゆとりある工場適地を求めて東北地方南端 白河の地に用地を確保する 1990年1月 第一次移転を開始し以後三次にわたる移転により小台町内四ヵ所に点在する本社 研究所および全工場を白河に集約して本社とする この間営業 経理部門は日暮里駅南口の光陽社ビルに戻す 2002年11月 以上の経緯により長期経営計画は完了し小台の全施設を閉じるに至る ここに永年にわたる近隣の皆様の多大なるご協力に感謝しつつこの碑を刻す」
★解説
小台駅から徒歩で15分以上かかります。すぐそばに宮城都営住宅前というバス停があり、小台駅も通過するのでバスを利用するといいでしょう。江北駅前ー東京駅丸の内北口間の路線バスです。結構本数もあり、田端駅も通過します。碑はバス通りのすぐ北、黒子歯科医院クリニックの敷地角にあります。現在は住宅地なので、違和感満載です。
光陽社という会社は他にもいくつかあり、この会社は研磨剤の会社です。特に「バフ研磨剤」を得意とするメーカーのようです。「バフ研磨剤」とは、ステンレスなど金属の表面を研磨してピカピカに光らせるものです。「バフ」は英語の「buff」で「磨く、研磨する」という意味です。
碑にはここで創業したように書かれていますが、会社のページなどを見ると創業は近くの尾久町となっています。この足立区小台に工場を作ったのが1934年でその年に株式会社化していますから、「会社としての創業は小台」とは言えます。
戦災で全設備を焼失しますが1946年には製造を再開します。その後順調に社業は発展したようですが。移転時にはほぼ何もなかった周囲が宅地化され、工場を維持するのは窮屈だったのでしょう。かなりの長期計画で移転を進め、2002年に移転を完了しました。
70年近くこの場所で創業したわけで、名残が惜しかったのでしょうか。正直、あまり聞いたことのないメーカーですが、このような記念碑を残すというのは興味深いですね。
残念なことに研磨剤メーカーだったせいでしょうか、碑面がピカピカです。ピカピカすぎて、小さな字がほとんど読めません。結構こういうことありがちです。後世に残そうと思って建てるわけですから、これから碑を建てようと考えていらっしゃるみなさん。見やすさを考えてくださいね。
記事がよいと思っていただけましたら、お気持ち、よろしくお願いします。