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捧げものはなんですか

尊い存在に捧げものをする。

そう聞くと

例えば、お仏壇にお菓子を捧げたり

礼拝所で寄進をする

お地蔵さまにお花を捧げるなど

どこか特別な場所で

用意したものを神前にそなえなければならない…

そんな印象を受けるかもしれない。


だが、日々の生活の中で

易しいやり方で捧げものはできる。


例えば、夕飯の時に

いつもは2杯のご飯を食べるところを

1.5杯にして、茶碗半分のご飯を

祈りと共に捧げるとか。


いつも6時に起きるところ

5時55分に起きて

祈りと共に5分を捧げるとか。


要するに

もっとご飯を食べたい…とか

もう少し寝ていたい…といった我意にとらわれずに

その意を、尊き存在に委ねることで

意味ある捧げものを奉じることができるのだ。



私は

私にではなく

あなたに思いを捧げます。



私は

私の意思を

あなたに委ねて捧げます。



無理はしてはいけない。

断食とか、できたらよいのだが

心に強い緊張を強いる捧げものだと

かえって我意にとらわれてしまう。



人の欲望が反発して

尊きものではなく

我意を声高に主張し始めるのだ。



もし尊い摂理を感じて

摂理の流れに身を投じたいのなら

日常において

ささやかな捧げものをするのもよいだろう。



私が信じている私を

摂理に委ねていくのだ。

また、もうすでに委ねられていることに

気づくのだ。



そのために

私を

私の意思を

ちょっとずつだけ

捧げていきたい。

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