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要求工学から読み解く、生成AIを使いこなすための「問い」の考え方

この記事はGoodpatch Design Advent Calendar 2024 の20日目の記事です。

グッドパッチのUXデザイナーの黒子です。
デジタルプロダクトのUXデザインを起点に、AIなどの先端領域のデザイン、デザイン組織支援、ワークショップデザインなどに取り組んでいます。

2024年は前年に引き続き、生成AIの話題が毎日のように耳に入ってきました。日進月歩で技術が進歩し、生成AIが使われる幅も広がってきたように思います。

一方で、生成AIを使いこなせている人と生成AIにがっかりしている人の2極化が進んでいるようにも感じます。

今の生成AIは技術的に進歩しつつも、業務などで使いこなすためには工夫が必要です。単文のプロンプトでは、期待するアウトプットが得られないことも多く、それががっかりの原体験につながることも多いのではないでしょうか。

生成AIを使いこなすためには、生成AIへの指示、つまり「問い」の設定が重要になります。「問い」の構造や関係性の理解を深めることで、生成AIをより適切な指示を出すことができ、生成AIとの対話を効果的に行うことができます。

このnoteでは、「問い」「要求工学」の観点から生成AIの使い方を分解していきます。


「問い」から考える生成AIの使い方

生成AIを使いこなすためには、「問い」を適切に設定することが必要になります。

ChatGPTなどの生成AIは、ユーザーからの「問い」に対して応答するシステムです。与えられたデータと学習したパターンに基づいて、最も適切と思われるアウトプットを生成します。そのため、そのアウトプットの質は、入力された「問い」の質に大きく左右されます

一方で、「適切な良い問いを立てるのが大事」と言われても、そもそも問いの構造を知らないと問いを考えることも難しいものです。ChatGPTに指示を入力してみたけど、欲しい結果が得られなくてがっかりした人も多いのではないでしょうか。

例えば、以下のようなプロンプトを試したことはありませんか?

「新規事業のアイデアを考えて」
「プレゼン資料を作って」
「〇〇について調べて」

これらのプロンプトでは、生成AIは漠然とした情報を返すだけで、具体的なアクションに繋がるようなアウトプットは得られにくいでしょう。

生成AIを使いこなすためには、プロンプトを構成する「問い」について理解を深めることが必要になります。そこで、問いを構造的に分解して考えてみたいと思います。

「問いのサイクル」の分解

問いを立て、回答を得るサイクルを以下のように整理してみました。

問いのサイクル

新規事業開発での市場調査を例に考えてみます。

新規事業を考える際には、まずは自分の「理解・解釈」をもとに仮説を立てて、足りない情報を調べていきます。ここでの足りない情報が「興味・課題」で、調べる際の観点が「問い」に当たります。調査を通して情報を集めて、新規事業の現場に還元するか、自身の理解を深めていきます。

つまり、問いは現場の文脈から生まれ、人の理解や解釈によって興味や課題が定義され、構成された問いへと変換されていきます

問いの体験を分解すると、このようなサイクルが問いの周囲で展開されています。動詞を加えて、もう少し解像度を高めてみましょう。

1. 「現場」から「理解・解釈」を見立てる
2. 「理解・解釈」から「興味・課題」を見定める
3. 「興味・課題」から「問い」を組み立てる
4. 「問い」から「回答・反応」を生成する
5. 「回答・反応」から「理解・解釈」を深める
6. 「回答・反応」を「現場」で使う

問いのサイクルの中で、生成AIが担う領域は「4.「問い」から「回答・反応」を生成する」になります。

このサイクルの中で特に重要な領域は、「1.「現場」から「理解・解釈」を見立てる」です。

現場で起きていることは常に何かしらの文脈を伴っています。そして選択した文脈によって「理解・解釈」が見立てられていきます。厳密に考えると個々人の経験や知識は異なるため同じ「理解・解釈」は存在していません。

つまり、文脈に基づく見立てによって生まれる「理解・解釈」は、AIにとっても代替が難しいものになります。

最近の生成AIはコンテキストを理解することができるため、「理解・解釈」をしていると見なすこともできますが、現実世界の文脈、個々人の体験の中で生まれた文脈を完全に理解することは難しいと考えられます。こういった背景があるため、「問い」を人が考えることはこれからも重要になります。

「問い」を作るための要求の考え方

ここまで問いのサイクルの全体像を見てきました。次に、問いを作るまでのフローに焦点を当てて、分解したいと思います。

「問い」の構造は、「要求」の構造と似ています。そこで、要求工学の考え方をベースに「問い」を作るためのフローを分解してみます

要求工学とは、システム開発・ソフトウェア開発の起点となる要求を組織的、かつ合理的に定義するための技術です。工学と名がついている通り、要求工学では客観性と再現性を重視して「要求」を分解しています。

それでは、要求工学における要求の構造を見ていきましょう。要求を得るまでの情報と要求の基本的な構造は、以下のように定義することができます。

*引用:要求工学知識体系(REBOK)

要求は、必ず誰かの視点から生まれるため、ステークホルダの定義から始まります。ステークホルダは、自分自身の他に、他人や組織など要求を望む人も含まれます。

設定したステークホルダの視点から、「背景・状況」をどのように捉えているかを把握します。「背景・状況」には、現在の視点(as-is)と未来の視点(to-be)の両方が考えられます。未来の視点(to-be)とは、「こうなるだろう」や「こうなるためには」といった観点が含まれています。

例えば、新規事業開発の市場調査を例に考えてみましょう。

ステークホルダ: 新規事業担当者、経営層
背景・状況 (as-is): まだ市場調査が十分に行われておらず、市場のニーズが不明確。
背景・状況 (to-be): 調査結果に基づき、市場ニーズに合致した事業アイデアを立案したい。
課題: 市場ニーズが不明確なため、事業アイデアの妥当性を判断できない。
目的: 市場ニーズを把握し、実現可能性の高い事業アイデアを立案する。

「ステークホルダ」と「背景・状況」を設定することで、「課題・目的」を捉えることができ、さらに優先度を決めることができます。

これらの関係性から導き出されるのが、「要求」になります。要求には「提示する人」と背景や課題による「根拠」がセットで存在することが基本となります。この設定が甘くなると、要求の焦点が定まらず、欲しい結果が得られにくくなります。

ここに問いのサイクルの要素を当てはめると、以下のように置くことができます。

ステークホルダの見立てによって「背景・状況」が定義され、「課題・目的」が見定められます。それらをもとに、要求としての問いが組み立てられるという構造が見えてきます。

新規事業開発の例を踏まえて、生成AIに対する具体的な「問い」(プロンプト)を考えてみましょう。

問いが定まっていないプロンプト:「〇〇の市場調査をして」

問いが定まっているプロンプト:「新規事業担当者として、〇〇市場の現状のニーズを把握したい。市場規模、競合他社の動向、顧客層の特徴について、現状のデータと今後の予測を含めて調査し、一覧表にまとめてください。特に、この市場における未開拓のニーズについて詳しく知りたいです。」

このように、ステークホルダ、背景・状況、課題・目的を意識することで、生成AIへの指示が明確になり、より質の高いアウトプットを得ることができます。

生成AIは問いがインプットとなり、回答を生成します。そのため、問いの言語化の品質が生成AIを使いこなすための鍵となります。

ここまで見てきた通り、問いのサイクルは、要求工学で定義される要求の構造と似たような特徴を持っています。

生成AIで欲しいアウトプットが得られないとき、要求の構造から分解して考えることで、自分が求めているアウトプット、納得できるアウトプットが得られるかもしれません。

AIエージェントの登場によって加速する問いの重要性

2025年のAIトレンドは、「AIエージェント」が中心になると見られています。

AIエージェントは、特定の目標を達成するために必要なタスクを“自律的”に設計し、計画的に各タスクを実行するAIシステムです。生成AIモデルの高度な思考能力と実システムでの実行能力を組み合わせることで、様々な業務の自動化を実現できます。

人が設定した目標に対して、適切なタスクや手順の設計と実行をAIエージェント自らが選択して実行する点で、これまでの生成AIとは大きく異なってきます。

例えば、「新規事業のアイデアを出す」という目標に対して、これまでの生成AIは、アイデアのリストを提示する程度でしたが、AIエージェントは、

1. 適切なクエリを設定して市場調査を実施
2. 適切なツールを選択して競合他社の分析
3. 適切なツールを選択してアイデアの具体化
4. 適切なツールを選択してシステムアーキテクチャの設計
5. 適切なツールを選択してプロトタイプの作成

といった一連のタスクを、必要なツールを自動的/自律的に選択しながら実行します。これにより、これまでよりも人の介入や指定の指示が少なくて済むようになります。

AIエージェントが生成AIの進歩であり、AIの社会実装を進める可能性がある中で、課題もまた存在しています。

AIエージェント側で自動的かつ自律的に作業を進めてくれますが、これまで以上に出力の品質コントロールが難しくなる可能性があります。この問題はAIの技術が進歩する中でも、利用者である人側の課題としても残っていくと考えられます。

この課題に対応する一つのアプローチとして、問いのサイクルや要求定義の重要性が高まってきます。生成AIツールやAIエージェントを活用する際に問いのサイクルを意識することで、自分自身の期待や目的・目標の解像度を上げながら、AIを自分がおかれた文脈で活用することができると思います。

AIと人の対話を促進する

これから、これまで以上にAIが自律的に課題を解決する環境が生まれてきます。それと同時に、人の意思や思考、要求をAIに対話的に伝えることが益々重要になってきます。

Microsoftは、AIエージェントと人の対話を促すために「コミュニケーショングラウンディング」の考え方を用いて研究を行っています。コミュニケーショングラウンディングとは、対話の共通基盤のことで、異なる性質をもつものが対話を行うための土台を意味します。

AIとの対話の共通基盤を活用するための鍵が、人が設定する「要求」と「問い」だと考えています。

AIがアウトプットを作り、その過程を人から代替することが進んでいくなかで、AIと対話をするための問いや要求について理解を深めていくことがより求められます。

「問い」から考える生成AIとの付き合い方

問いのサイクルと要求工学から、生成AIとの付き合い方を考察してみました。

生成AIはまだ発展途上であり、人が直感的に求めるアウトプットを出すためにはハードルがあります。AIエージェントによって、生成AIがユーザーの環境や文脈を理解し、単文のプロンプトからでも期待するアウトプットを出力してくれ世界が近づいていますが、まだ人間の期待を完全に満たすことは難しいと感じています。

そして、生成AIの出力が反映されるのはリアルな現場になります。

現場で使えるアウトプットや現場の人が納得するためのアウトプットを出すことが、AIを使いこなすことの指標となります。現場でAIを使いこなすためには、使い手側も問いの構造を意識して、AIに適切に指示を出すことが必要になります。

このnoteは、その未来に向けた「AIとの対話に向けた問い」を考える序論として書いてみました。


参考図書




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