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【備忘録SS】それは「オトナの」調整会議。

「……はい⁈」
大事なことなので、四条畷紗季は2回訊き直した。

「……正確には、京田辺一登副支店長が本社で社内研修を担当していた頃の【教え子】に当たるのですよ」
「ああ、そういうことか」
祝園由香里の説明で、紗季はようやく合点がいった。
(だったら、問題無さそうね……)


「何ですか急に呼び出して、今日のお説教ですか?」
頬をぷうっと膨らませながら、市川春香は紗季に半分背中を向けた姿勢で、スツールに腰掛けた。
「まさか、市川さんとは一度懇親を深めておきたいと思っていたのよ」
注文していた瓶ビールが運ばれてきたので、栓を抜いた紗季は、彼女のグラスに注ぎながら言葉を続けた。
「ここ、良い感じのお店でしょう。一登さんが気に入りそうだわ」

「……ほう、そういう事ですか」
状況を察した春香は、瞳の奥をギラリと光らせてグラスを取った。
「潰してやるわ、田舎から来たイモ課長サマ」
「研修で習わなかったかしら?目上の人には敬意を払うものよ」
ガキンとグラスをぶつけた2人は、ふふふと不敵に笑った。


そして、3時間ほど経ったあと。
「あらあら……やっぱりこうなりましたか」
連絡を受けて迎えに来た由香里は、カウンターの上に転がっている2つの物体(元キラキラOL×2)を見て、ため息を吐きながらもニヤニヤ微笑んでいた。

「あに笑ってるのよォ、祝園パイセン……ひっく」
「ほらほら、春香ちゃんお水よ。あなた、そんなにお酒強く無いのにペース考えないで飲むから」
「るさいなぁ……んぐっんぐっ」
顔を真っ赤にした春香が、勢いよくグラスの水を空けているのを見て、由香里は紗季の方を向いた。
「紗季さんは、潰れた部下を放置して、すっかり自分の世界に入ってしまったみたいですね」
「……一登さん、少し飲み過ぎてしまったみたい。肩を貸していただいても宜しいでしょうか……むにゃむにゃ」
軽く天を仰いだ由香里は、パンと手を叩いた。
「さあ2人とも、これ以上お店に迷惑をかける前にさっさと出ましょうね」

「……羨ましかったんです、四条畷さんのことが」
お店から徒歩数分の場所にある公園。
ペットボトルを両手に抱えた春香は、ポツリポツリと話し始めた。
「私は本社でそれなりの業務をこなすことは出来ましたが、どの部署でも上手く扱われているだけで、モノゴトの本質には踏み込ませて貰えませんでした」
「周囲が受ける印象と、本人の自覚にギャップがあったのね」
自分にも思うところがあったのか、うんうんと頷く由香里。
「そんな時、とある営業研修で京田辺センセイの講義を受けて、まさに目から鱗状態となったんです」

『市川さん、あなたの目の前には無限の可能性が広がっている。【スペシャリスト】と【ゼネラリスト】どちらが正解なのか、私は明確な回答は用意していない。何故なら、それを選ぶのはあなた自身だからね』

「……むぅ」
「えっ、そこで謎の嫉妬ですか⁈」
急に機嫌が悪くなった紗季に、驚く由香里を無視して、春香はその先を続けた。
「センセイと出会ってから、今まで以上にスキルを上げる努力をしてきた。いつか、あの人と一緒に仕事ができる日を夢見て」
春香はゆっくりと紗季を見た。
「羨ましかった……四条畷さんがセンセイの指導の元、どんどん成長していくのが」
「市川、さん」
「わたしが夢見たことを、着実に具現化している四条畷さんが、同じ部の上司として本社に来られたとき、本当にどうして良いのか分からなくなりました」
春香はペコリと頭を下げた。
「先日の商談を含めて、色々失礼な態度を取ってしまい申し訳ございませんでした」
紗季は慌てて彼女の肩に手を掛ける。
「こちらこそごめんなさい。詳しい事情を知ろうともしないで、市川さんと距離を置いてしまって。全く……これでは上司失格ね」


「いやぁ、無事仲直りできて良かったですね〜」
パチパチと拍手をして、由香里は微笑んだ。
「……それはそうと、由香里ちゃん」
紗季がギシギシとこちらの方に顔を向けながら言った。
「あなた、お店に入ってきたとき『やっぱり』と言ってたわよね」
「あら、そうでしたっけ」
「今から思えば、市川さんのことを尋ねたときも少し煽るような情報を混ぜていたし、あなたまさか、こうなる事を見越してわざと……」
「あ、あー私用事を思い出したので失礼しまーっす!」
「おい待て由香里っ!」

深夜の公園内に、パンプスで走り回る2人のヒールの音が、しばらくの間響き渡っていた。


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