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【心得帖SS】隣の「AI」さん。

最近、気になっているヒトがいる。
と言っても恋愛絡みとかではなく、単純に興味を引かれる存在だ。
その人は、今月から物流部に中途採用で入ってきた壮年の男性。
名前は確か、放出潤さん。

「…おはようございます」
四条畷紗季が給湯室のお湯を入れ替えていると、放出が時刻通りにヌッと現れた。
「放出さん、お早うございます」
挨拶を返しながら、紗季は出来るだけ自然に彼のルートを空ける。
軽く会釈しながら彼女の前を横切った放出は、従業員用の冷蔵庫を開けて手にした弁当箱を入れた。
パタンという扉の音に見送られながら、そのまま給湯室奥の窓を換気目的で半分開ける。
そして、テーブル用の布巾を掴むと自分の机がある方に向かって行った。
紗季が知る限り、彼の行動パターンは全て同じ、まるでプログラミングされたように寸分の狂いもなく実行されている。
冗談抜きで、彼はAIを搭載したロボットなのかと疑った人もいるようだ。

「これはですね…要するにですね…」
既に20分ほど経過しているが、放出の話が終わることはない。
たまたま伝票の確認に行った総務部の星田敬子が彼に捕まり「はぁ…」とか「えぇ…」という相槌を打っている。
(待って、その話3回目だよぉ)
彼女は心の中で苦笑した。
本筋と関係無い業務の説明を延々とされても、専門外の敬子が理解できるものではない。
(こっちは訂正印押して欲しいだけなんだけどなぁ)
そうこうしているうちに、まるで壊れたテープレコーダーのように4回目の不毛な再生(説明)が始まった。
(オートリバース…片面再生…ノーマル、ノーマルなのかな、ハイポジじゃないのかな…)
敬子の脳内では、最近では意味が伝わりにくいワードが飛び交っていた。

「職場にはだいぶ馴染んできましたか?」
休憩コーナーで放出と会った京田辺一登は、気さくに話し掛けていた。
「そうですね…前職と業務の内容は似ているので、今のところ大きなトラブル無く熟せているかなと」
「それは何よりです」
放出の中途採用面接にも立ち会った京田辺は、ときおり様子を伺っている。放出も彼には幾分気を許しているような感じだ。
「あ、そう言えば放出さんの歓迎会まだでしたね」
京田辺がはっと思い出したように言った。
「もしご都合宜しければ、軽く一杯どうですか?」

「昔から、キチンとしなければ気が済まない性分でして…」
オフィス街から少し離れたところにある居酒屋で、お猪口を傾けた放出はポツリと話し始めた。
「前職は割と大雑把なメンバーが多かったのでお互いに馴染めなくて、私が資格を取りたかったこともあり退職しました」
「そうだったのですね」
「嫌いじゃないんですよ、機械みたいとか言われるのは」
京田辺に徳利から日本酒を注ぎながら放出は話を続ける。
「何事も器用に上手く泳げる人間でないことは自分が一番分かっています。であれば、自分にできることを実直に積み重ねるしかない。そう思っています」
「そうですね」
京田辺はお猪口に残った酒をくいっとあおって言った。
「放出さん、それも含めて【個性】ですよ」

いまは来たばかりで珍しがられているが、京田辺の会社には結構個性的なメンバーが揃っている。放出だけが悪目立ちすることは無いだろう。
(メンバーの個性を活かすのも、上職の大切な役割だ)


「ところで、放出さんはどんな資格を取得されたのですか?」
個人的な興味もあって、京田辺は尋ねてみた。
「はい、大型二種免許と大型特殊免許ですね」
「…え?」
「ついでにフォークリフト免許も取りました」
照れ臭そうにポケットから免許証を出して見せた放出。
「何それ凄いっ!」
実は資格マニアである京田辺は、急にテンションが爆上がりとなり、彼の肩にガシッと手を掛けて言った。

「放出さん、いや、今日から【ハナさん】と呼んでもいいですか?」
「はっ、はぁ…?」
何故か熱っぽい視線を感じた放出は、体内のコンピュータに若干の狂いが生じたような感覚をおぼえたのだった。

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