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食べて出して、見えないものを見ること
2009/1/27
(この記事は2009年のものです)
母の興味は、食べること。そして、排泄。
人間のもうひとつの三大欲求である睡眠に関しては、母はちょっと遠いところにいる。寝ることに執着するより今は、自分だけに見える世界に没頭しているようだ。
ネズミと猫と犬とリスと蛇。そして新たに登場する、不思議な生き物。顔が鶯色だったり頭に白いリボンを巻いていたりする新入りに、「なかなかいいヤツ」とキャラを与えたりしている。
私が傍にいても、母はちょっと遠い眼をしていて、部屋の正面やら隅っこやらをじっと見つめている。時々眼で何かを追いかけていたりする。自分の目の前で繰り広げられる動物たちの不思議な世界に、母は今夢中になっているようだ。「可愛い犬ねぇ…、白と黒の」と、とても穏やかな顔で見つめる。なんだか、少しだけ羨ましいような気もする。
そして母が夢中になっているのは排便。
「ゴールドフィンガーよ!」と、母お気に入りの摘便の名手である看護師さんがいる。反対に、「あの人は下手! 指が太くて痛いのよ」という人もいる。
母はその日摘便によって、どんなふうに排泄が為されたか、嬉しそうに話してくれる。実に汚い話だが、まるで美味しいご馳走を食べた時みたいに、楽しい映画を観た時みたいに、幸せそうに話してくれる。
食欲は相変わらず。
「何も食べてないのよ~」と言うので、「お昼ご飯、食べたでしょ?」と言うと、「ヘンなラーメンだったのよぉ」と言う。食べた気がしないらしい。それに麺類だってほとんど刻み食なので、実際何を食べてるのかわからないような物に違いはないのだが。
今日はたまたま往きのバスの中で叔母に遭遇。
叔母が持ってきたおにぎりとスウィートポテトを母は喜んで食べる。満腹だったはずが、20分後くらいには「お腹空いちゃった」と言う。それで私が持参した栗蒸し羊羹を見せると喜んで食べる。コンビニで買ったヤマザキの安物だったけど、「美味しいね、コレ、どこの?」と訊く。
最近母は何を食べても、「美味しい」と言う。幸せなことだと思う。