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アデランス シフォレ
2007/09/12
(この記事は2007年、母がまだレビー小体型認知症と診断される前のものです)
母がカツラをオーダーした。突然の話だ。
母の髪は漆黒で、太く、硬かった。たっぷりとしていて、白髪もなかなか生えなかった。70歳を過ぎた頃からようやく白髪がいくらか目立ち始め、この1~2年ほどで、驚くくらい髪が薄くなった。
母は前々からCMなどで見て気になっていた、アデランスの女性用部分カツラの資料を取り寄せたらしい。そして詳しい経緯は知らないが、今日、営業の女性が訪問してくるという。「悪いけどアンタ、一緒にいてくれる?」と一昨日言われ、午後はあいているからとOKした。
いやいや、営業のおねえさん、(っていっても40歳の美人人妻)スゴイわよ。パーマやヘアカラーがいかに身体に悪影響を及ぼすか延々と話す。気の短い母と私は、早く試着させろと思う。ブツを見せろと思う。途中で話の腰を折り、値段を訊いた。びっくりだ。
母も私も、実は勘違いをしていて、沢山の種類の中から、自分に合うヘアピースを探すのかと初めは思っていた。ところがどっこい、すべて完全オーダーの手作業で、ひと月かけて仕上がってくる。
アタマの型どりをして、サイズを測り、見本をアタマに装着し、髪を整え、色を細かく決める。白髪と茶髪と黒髪を混ぜ、自毛に近い色合いを出す。
サイズを測り、しつこいくらいの調整をし、写真を撮って、髪の毛をサンプルとして少し切り、注文書を書き、その合間にアデランスの技術力を誇り、アートネーチャーとの差をとくとくと語り、母の髪を綺麗だと褒め「ええっ!? 60代かと思ってました」とか、私に向かって「ええっ!? 私より年下かと思ってました」とか言う。
いくらなんでもそれは見え透いてますから。その手のお世辞は最近聞き飽きた。中年女にゃ若く見えるって言っときゃいいと思ってさ。
1時間ほどのデモンストレーションかと思っていたら、とんでもない、2時半~5時半までかかってしまった。まあ3時間かけたって、その場で契約までこぎつけて、仕上がりの初装着の日取りまで予約をとり、手付金をいただいて帰るんだから、たいしたものだと思う。
後で調べてみると、アデランスシフォレとかシフォレアロマとかイブクイーン、イブファーレ等々、沢山のブランドが並んでいる。どのブランドがどうで、価格設定がどうのこうのの説明はない。高いものは秘密なのだ。秘密にしておいて、先に素敵になった姿をつくって見せてしまう。お客はどうしてもそれが欲しくなる。やり方が上手いんだよ。
それにしてもびっくりなお値段。だけどお試しのカツラを装着した母は、確かにものすごく素敵に見えて、ぐんと若返った。久しぶりに母を、綺麗だなと思った。アタマの出っ張りも、後頭部の絶壁も、見事にカバーできる。「考えようによっては安いじゃない?」と母に言うと、頷いていた。
これで少し気持ちにハリが出ればね。綺麗になって、外へ行きたいって気持ちにでもなればいいけど。
仕上がるのは来月の半ば過ぎ。池袋のアデランスまで私が連れて行くことになった。しかし母よ、歩けるか?
「良かったわね、コンサートに間に合って」と、母の唯一の予定である、11月の錦織健のコンサートのことを持ち出してみる。先に楽しみが待っているっていうのはいい。生きる希望の光だよ。
母は、薄く微笑む。