静かな陽だまりに残された希望(マヤ・ルンデ『蜜蜂』
アインシュタインが「ミツバチが地球上から消えたら、人類はあと4年 生きられるだろうか?」と言ったというのは都市伝説ですが、著者のマヤ・ルンデは、その言葉をモチーフに「蜜蜂」を書いたと思います。
物語の舞台の一つは2098年の中国、蜜蜂が死に絶えた世界です。
主人公のタオは一日十二時間に木に登り、厳しい監視とノルマの中で人工寿分の作業に従事しています。と言うか、大多数の人にとってそれ以外に仕事はないのです。8歳なれば子どもたちも動員され、もちろん教育を受ける機会はありません。
タオは3歳の息子ウェイウェンに別の人生を歩ませたいと教育熱心ですが、彼女の願いを理解できない夫とすれ違うばかり。そんなある日、果樹園でウェイウェンが謎の病に倒れます。病院に搬送されたきり会うことがかなわなくなり、知らぬまに移送された息子の行方を追って、タオは必死に追います。
という2098年の中国の他に、1852年のイギリス、2007年のアメリカ、3つの時代を物語は行ったり来たりします。人口巣箱による養蜂を始めたウィリアムと、蜜蜂の大量死に遭遇する養蜂家のジョージ。
「蜜蜂」というキーワードはあるもののバラバラに進んでいく三つの時代の物語が、どこで交差するのか興味深く読みました。250年近い時を越え、人々の想いが未来へ届く展開にゾクゾクしました。
本書の魅力は大きく三つあって
一つは、タオの息子の病、国家権力が息子を奪ったのは何故か? というミステリーとしての面白さ。
二つ目は、三人の主人公の家族の物語。それぞれ家族との間に問題を抱えていて、苦難に直面し、乗り越えようとあがく中で取り戻される絆。
三つめは、作品全体に流れる静かな美しさ。環境が破壊され、都市も人の心も荒廃しているのに、「渚にて」を思わせる、静かな美しさがあります。「渚にて」は、どうすることもできないとう諦めを伴う平安でしたが「蜜蜂」では、物語の最後に小さな希望が生まれました。静かな陽だまりに残された、小さな小さな希望。
それは、一生かけてティースプーン一杯ほどの蜂蜜を集めるという、蜜蜂の羽音のように思えました。