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初恋は第一楽章まで。

私の初恋の人は、我が家の仏壇に月命日になると拝みに来るお坊さんだった。

その人はお寺の跡取り息子だった。
大学生だった跡取り息子が拝みに来ると、
小学生の私は隣で神妙にお経を聴いていた。
跡取り息子のお兄さんが好きだったからである。

爽やかで優しい好青年。

拝みに来たのが住職だった月は、心の底から落胆した。
月一回の楽しみは消え、私はそーっと他の部屋に行った。


随分と年が離れていたから、もうお兄さんは結婚しただろうと、
真面目に横にはべることがなくなったのは高校生の頃だった。

ある日、叔母が「お寺さんの息子、やっと結婚したって」と言った。
私は大学一年生になっていた。

えっ⁉︎まだ独身だったの⁉︎
ショックだった。
自分はもう大学生だ。
告白すれば年が離れていても何とかなったかもしれない。
無念すぎた。


私は思い切って、月命日に来たお兄さんに告白した。
「小学生の頃からずっと好きでした」と。
お兄さんはとても驚いていた。

そのあと二人で駅前の音楽喫茶に行った。
忘れもしないシューベルトの『幻想』の第一楽章が流れていた。
お兄さんは私を慰めようとしたのか、私の手を握った。
私は手を振り払った。
もう奥さんがいるのだから、やめてほしくて。

後日、手紙と詩集をくれた。


月日は流れ、父が亡くなり、お寺には葬儀でお世話になった。
跡取り息子は住職になっていた。

火葬の後、一年間父の遺骨をお寺に預けた。
一年経ち、一周忌の法要をお寺で行なったあと、納骨しに行く段取りとなった。


お骨を祭壇に置き、お経が上がり、一周忌の法要が終わりとなった時、
私はふと気になった。

骨壷、父のやつじゃないような気がする。


「それ父のお骨ですか?そんなに小さかったですか?汚れてますし。」と私は訊いた。

「ええ⁉︎ちょっと待って!」と住職は走り去った。
参列していた親族は騒然となった。

「待て待てぇー!納骨どころじゃなくなった!ちゃんと管理しとけー!」
無口な義兄が叫んだ。


住職は見繕った数個の骨壷を持って現れた。
私のトートバッグに無造作に並べて、
「これはどう見ても古いやろ。これは大きすぎる」と選別し出した。

義兄は軽蔑し切った目で見下し、姉は「どうしよう…どうしよう」と壊れていた。

名前を書いた紙を貼るとかしてなかったんだと私は思っていた。

父はどれ?


汚れ加減が一年ぐらいに見える白い骨壷入れは、一つだけだったから、
さっきお経を上げたそれを父の物とみなすことに決まった。

父じゃないかもしれないが、そういうことになった。

皆もう考えたくないという放心した顔で、京都の納骨堂に向かった。


無事?納骨が済み、会食の『お斎』を料理屋で行った。

目の前の住職は、不手際などなかったかのように、焼酎をおかわりするわ、するわ。
煙草をアテに飲むわ吸うわ。

住職の風貌は、一休寺にある一休像にそっくりになっていた。

外見、中身の変化、それはどうでもいい。


問題は今でも私が住職を好きだと思っているところだった。


初恋は完全に終わってますから!


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