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そんなに怖くない職場の怪談

たまたまこれを読んでくれた人の中に、霊をはらう場面に立ち会った経験のある人はどれくらいいるだろうか。かなり昔のことになるが、私はある。まだ若手社員だった頃の話だ。

ある夏、お盆休みがあけてから職場の同僚がバタバタと倒れた。ぎっくり腰やら何やらで課のメンバーが倒れていく。4人目は私だった。高熱とじんましんが出て1週間ほど寝込んでしまったのだ。原因は不明だった。

お盆休みに何か悪いものを連れて帰ってきたのではないか。誰かが冗談交じりに言った。

課のメンバーは8人いたのだが、6人目が入院してしまってから冗談では済まなくなった。霊的な何かが原因かどうかはさておき、人手が足りない。仕事がやばい。業を煮やした我が課の課長は、現状打開の一手を打った。

「お坊さんにおはらいしてもらうで」。マジかよ。

課長は本気だった。さいわい、寺社仏閣につながりがある転職者がいたので、ツテで「ちゃんとおはらいができる」という僧侶に来てもらうことになった。われわれのような素人としては「ちゃんとおはらいができる」とは一体どういうことなのか判断する基準がないし、そもそも管轄が仏教なのか神道なのかもわからない。ツテを信じるしかない。

おはらい決行日。私は宜保愛子の心霊スペシャル番組を見まくっていた世代なので、かなりワクワクしていた。鮮やかなオレンジの生地に金の刺繍の袈裟をまとった僧侶が、ドアロックにカードをピッとして職場に入ってくると、おお、と一同がざわついた。ワクワクしていたのは私だけではなかったようだ。

普段は電話や打ち合わせの声でうるさいフロアに、朗々とした祈祷の声とシャンシャンいう鈴のような謎の器具の音が響く。オフィスとお坊さんと私たち。あまりにもミスマッチな取り合わせだった。

おそらくありがたいと思われるご祈祷は30分ほどで終わり、なんだか高そうなお札を壁に貼っておくようにと告げて僧侶はスススと帰っていった。

こんなん効くんかいなと思っていたが、それからパタリとケガ人も病人も出なくなった。たまたまなのか、おはらいとお札の効果だったのかは正直わからない。しかし、課長曰く、
「結構包んだから、効いてもらわんと困るわ」。そらそやな。

ともかく仕事が回るようになったので課長は満足そうだった。

話は変わるが、うちの会社には昔からバタバタさんと呼ばれる何かがいた。深夜残業していると、7階の天井からバタバタと走る足音が聞こえるのだ。ちなみに8階にいると床から音がする。「あーバタバタさんが今日はうるさいな」と割とみんなに認識される程度には、会社になじんでいた。


深夜残業していても、バタバタさんの音がしない事に気づいたのは、おはらいを受けてからしばらく経ってからのことだった。どうもあの僧侶はお包みした金額以上の仕事をしてくれたようで、バタバタさんは我が課を襲った何かのついでにおはらいされてしまったらしい。

7階と8階の間に囚われたままでいるよりは良かったのだろうか。

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