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“美味しい一杯”の未来が危ない。コーヒーが日常から消える前に知っておきたいこと

Kurasu Coffee Knowledge
Kurasu編集部が、コーヒーをより深く楽しむためのナレッジをお届けするシリーズ。意外と知らない産地の話、焙煎士やバリスタだけが知っている現場の知恵、あまり知られていないコーヒー器具の話まで、一杯のカップの背景にある広い世界をご紹介します。

朝の目覚めや午後のリラックスタイムに欠かせない一杯のコーヒー。その香りと味わいには、日々の疲れを癒す不思議な力があります。でも、その一杯がどのような過程を経て私たちの手元に届いているのか、考えたことはありますか?

最近では「持続可能性」という言葉を耳にする機会が増え、その重要性が注目されていますが、その一方でなかなか具体的な行動の変化を起こせない、また、「何かをしたことで安心してしまう」ような状況に陥りやすいからこそ、今一度振り返ってみるのも良いかもしれません。

今日は、近年のコーヒー価格の高騰に焦点を当て、その背景にあるサプライチェーンの現状と関連づけて、この「持続可能な未来」について考えるきっかけになるお話をしようと思います。

巨大な仕組みの中に生きる私たち一人ひとりでも、できることはあるはずです。まずはサプライチェーンについて共に学び(この記事を読んで広げてくれるだけでも、もう一歩進んでいます!)、そして、あなたの毎日の一杯がどれだけ多くの物語を抱えているのか、一緒に考えてみませんか?


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毎朝の一杯を守っている「先物取引」とは何か?

毎朝欠かせない一杯のコーヒー。その品質と安定した供給を守るために、登場するのが「先物取引」という仕組みです。先物取引は、未来の取引価格をあらかじめ固定することで、価格変動(急激な価格上昇や下落)の影響を和らげるリスクヘッジ手法です。

この「先物取引」がなぜコーヒー豆の供給において必要か、例をあげて説明します。

例えば、定食屋の定食で欠かせない存在、それは「米」。おかずは季節や仕入れの工夫で変えられるかもしれませんが、米だけは代替がききません。価格が上がれば定食全体の値段に直結する、主軸となる食材です。この「代えがきかない」存在は、コーヒーショップにおけるコーヒー豆にもそのまま当てはまります。

たとえば、ミルクが高騰したとき、豆乳やオーツミルクといった代用品を使うことで対応できるかもしれません。しかし、コーヒー豆そのものを別のものに置き換えることはできません。豆のクオリティや種類は、コーヒーそのもののアイデンティティを形作るものだからです。

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C-Priceという言葉をご存じですか?

「先物取引」を行うための基準価格として「C-Price」という数値が設定されます。日本のスペシャルティコーヒーショップで多く使用されているアラビカ種の豆はニューヨーク先物市場にて、ロブスタ種の豆はロンドン先物市場にて価格が決まります。

「C-Price」は聞きなれない言葉かもしれませんが、これが全世界のコーヒー豆取引の基盤となり、私たちが日々味わう一杯にも関わっています。その「C-Price」に今、異変が起きています。2024年11月現在、このアラビカ種のC-Priceが1ポンドあたり3ドルを超える勢いで高騰しているのです。

ニューヨーク先物市場の取引価格は、ウェブサイトより確認できる。

これが何を意味するのか、少しだけ掘り下げてみましょう。「1ドル155円」の為替レートで計算すると、アラビカ種の基準価格は「約1,020円/キログラム」。この価格はまだ生産国での取引価格であり、日本に届くまでには輸送費や手数料が加算されます。そしてスペシャルティコーヒーのような高品質な豆にはさらにプレミアムがつきます。コーヒーの抽出や焙煎にも高いスキルを持つ人材を雇用しており、人件費も発生するでしょう。最終的に私たちがコーヒーショップで手にする一杯のコーヒーの価格は、こうした積み重ねで決まるのです。

価格が高騰する理由

さて、近年のC-Priceの上昇にはいくつかの要因があります。

一つ目の理由が、コーヒー豆の栽培に適した地域が、気候変動によって少なくなっていること。気温の上昇や雨量の変動、さらには病害虫の蔓延は、生産量の減少につながっています。

二つ目の理由は、大手企業が豆を買い占めている現状です。世界中でコーヒーの需要が高まる中、資金のある大手企業は先を見越して大量に豆を買い付けています。その結果、価格がさらに上昇し、小規模ロースターやスペシャルティコーヒーの買い付けが難しくなるという構図があるのです。

こういったアラビカ種全体の高騰に加えて、スペシャルティコーヒー独自の事情もあります。世界で生産されているあらゆるコーヒーの中で、スペシャルティコーヒー豆の生産には、とりわけ多くの手間がかかります。そのため、生産コストを考えれば、「先物取引」で設定される価格よりも高い価値を認められるべきです。逆に、その価格を下回る金額しか支払われないのであれば、生産者にとっては、わざわざ手間をかけてスペシャルティコーヒーを作ることは労力に見合わないという話になります。

特にスペシャルティコーヒーの場合、土壌の管理から収穫後の精製に至るまで、細部にわたる配慮が必要とされます。しかし、そのような労力に見合った取引を実現するためには、どうしてもコーヒーの価格を引き上げざるを得ないのです。

このような背景を知ることが、私たちが飲む一杯のコーヒーがどれだけ多くの努力の上に成り立っているのか、そしてどれだけ繊細なバランスの上に成り立っているのかを改めて考えるきっかけになるかもしれません。

もしコーヒーが飲めなくなると、どうなるの? 消費者として、私たちにできること

「今日の美味しいと思った一杯、もし、明日から飲めなくなったら?」

想像するだけで、毎朝のルーティンやリラックスのひとときが少し色あせてしまうように感じるかもしれません。しかし、地球環境の悪化によりコーヒーの収穫量が減少し、美味しいコーヒーを巡って激しい価格競争を余儀なくされる「2050年問題」は避けて通ることができません。

こうした状況の中で、私たちができることは何でしょうか。小さな一歩でも、未来につながる行動を考えてみませんか。

「正当な価格」とは何かを考える

「コーヒーは安くて手軽に飲めるもの」というイメージを、そろそろ見直す時期に来ているのかもしれません。手間を惜しまず丁寧に育てられたコーヒー豆には、それに見合う適切な対価が必要です。適正な価格での取引が、生産者の生活を支え、持続可能な生産を実現します。
その一方で、ロースターとしても、コーヒーが日常に寄り添える価格設定を模索しながら、供給網の強化に取り組むことが求められるでしょう。

信頼できるロースターを選ぶ

ダイレクトトレードを実施するロースターからコーヒーを購入するのは、生産者を直接支援する一つの方法です。また、生豆の仕入れ先や取引の透明性に取り組むロースターも増えています。そうしたロースターを選び、応援することで、持続可能なコーヒー産業を支えることができます。「買い物は投票である」という言葉があるように、コーヒー豆を選ぶ際には、ロースターがどのような想いで産地やサプライチェーンと向き合っているのかに、目を向けてみるのも良いかもしれません。

コーヒー産業における理想的なサプライチェーンは、生産者から消費者までのすべての人が、互いに一歩ずつ寄り添うことで構築されます。その一人一人の努力が欠けると、持続可能な仕組みは崩れてしまうでしょう。だからこそ、一人ひとりができる行動は小さくても非常に大きな意味を持つのです。

一杯のコーヒーから広げる想像力、未来に向き合う気持ちを

コーヒーには、「美味しい」という一言だけでは表現しきれない価値があります。それは、地球の反対側で生産者たちが手間ひまをかけて作り上げた結晶とも言えるものです。その一杯が私たちの日常を支え、豊かにしていることを思うと、コーヒーの未来を守ることは私たち一人ひとりにとって重要なことではないでしょうか。

まずは日々の一杯に少しだけ、想像力というスパイスを加えてみるのはいかがでしょう。その美味しさの背景に思いを馳せることで、コーヒーはさらに深い楽しみを与えてくれるはず。ほっと一息つきながら、想像力の羽を広げるときかもしれません。

■「コーヒーの2050年問題」に真正面から取り組む店舗「2050 COFFEE」の活動についても、ぜひご覧ください。