【イベントレポート】選ばれ続けるために何を変え、何を守る? 「キリン 午後の紅茶」と「Jagabee」に学ぶ、ロングセラーブランドのマーケティング戦略
株式会社クラシコムが主催となり、企業のマーケティング・プロモーション担当の方々に向けて開催している「クラシコムサロン」。第15弾は、「ロングセラーブランドのマーケティング戦略〜選ばれ続けるために変えていること、変わらないこと〜」をテーマに、キリンビバレッジの加藤麻里子さん、カルビーの宮川可奈子さんをお招きしました。(イベント開催日は2021年3月17日)
加藤さんは「午後の紅茶」、宮川さんは「Jagabee(じゃがビー)」という、生活者の日常にしっかりと根付いているブランドを担当されています。偶然にも2020年春という同時期に、コミュニケーションの刷新やブランドリニューアルを予定していた両ブランド。その準備をしながら、コロナ禍の影響があらわになっていく中には、顧客に寄り添おうとする模索がありました。
今、私たちはこれまでの生活スタイルや価値観が変わっていく、大きな節目を生きています。その中で引き続き生活者に選ばれるブランドであるためには、どのような観点を大事に、どんなアクションを取っていけばいいのでしょうか。そんなヒントを、ロングセラーブランドに学びました。モデレーターは、クラシコムの高山達哉が務めました。
揺らぎが大きかった生活者の気持ちに寄り添う
高山
早速最初のテーマに入りたいと思います。昨年は言わずもがな、コロナ禍の影響で多くの方の価値観やライフスタイルが変わりました。その中で、マーケティングにおいて何を変えられたのか、昨年の取り組みをうかがえますか?
加藤
今日お聞きいただいている皆さまも、この1年は大変なことが多かったのではないかと思います。私たちも同じ状況でして、お客様の状況や気持ちを踏まえて、いくつか変更しました。
いちばん大きいのは、昨年春からの新しいコミュニケーション展開です。コロナ禍に入る前から計画していましたが、コロナ禍の影響を受けて、その内容を変えました。
昨年は、友人と会うといった今までの“当たり前”も難しくなりました。もともと午後の紅茶は「幸せ」をお届けすることがブランドの根幹にあるので、日常が変化したからこそ、誰かとの関係性から生まれる何気ない瞬間の幸せを見つめよう、といったご提案をしたいと考えました。
そこで「きっと幸せは、さわれるくらい、そばにある」というキーメッセージで、コミュニケーションを組み立てました。
クリエイティブにもこだわり、ブランドからの商品説明メッセージは入れず、最後に深田恭子さんが新しいブランドテーマ「幸せの紅茶、午後の紅茶。」と語るくらいに留めています。
高山
生活者の変化を受けて内容を変えた、とのことですが、当初はどんな企画だったんですか?
加藤
普段の午後の紅茶の広告は商品説明が多いのですが、今回の広告では抑えて、どうしたらお客様の気持ちに寄り添えるかを軸に考えました。
結果、まず定量的には、ブランドで重視する指標のひとつである好意度が全世代平均で4%ほど伸びました。特に40代女性が10%以上伸びました。親子のシーンや中高生のシーンも多かったので、ご自分のお子さんを重ね合わせて見ていただけたのかな、と。Twitterなどでも「じんときた」「とても好きなCM」など、メッセージに共感していただいている様子がわかり、印象的でした。今後のコミュニケーション戦略はまだ検討中ですが、引き続き好意度を重視して、お客様の共感の獲得を大事にしたいと思っています。
テレワークの増加に“otomo pack”でひとやすみ、という提案
高山
続いて宮川さんから、Jagabeeで変えたことについてうかがえますか?
宮川
はい。実は私たちも、2020年4月にもともと企画していたことがあったんです。「ReBorn!」と称して、商品リニューアルを予定していました。
ここ数年、同じように素材感を打ち出す競合が増えていたこともあり、売上が徐々に下降していました。そこで2006年発売当初の“ホクホク感”をしっかり感じられるように商品を改良し、併せてパッケージも上質感や素材感が伝わるよう刷新しました。また、プロモーションには川口春奈さんを起用して、広大なじゃがいも畑ですがすがしいビジュアルを展開しました。
結果、今回のリニューアルを機に大きく回復することができました。ブランドがもともと持つ素朴で温かみのある感じや、一息つくのにちょうどいいことなどが、今のお客様の気持ちにフィットしたのではないかなと思っています。
商品リニューアルの大枠は、コロナ禍に入る前から進めていましたが、昨年の生活者の行動変化を受けて変えたものが2点あります。
ひとつは、商品ラインアップです。以前はボックスとカップタイプでしたが、ボックスとスタンドパックに変更しました。また、もう少し量がほしいという声は以前からあったのですが、おうち時間が増えてスナック菓子でも大容量パックが売れていることもあり、4月に大袋を発売します。
もうひとつは、スタンドパックの「otomo pack」と題したコミュニケーションです。少量のスタンドパックはもともと携帯性にフォーカスした展開を計画していましたが、外出が難しくなったので、逆に「おうち時間のちょっとした気分転換に」という方向で訴求をがらっと変えました。「テレワークって結構疲れますよね」といった、ニューノーマルな働き方やライフスタイルに合わせたメッセージを展開しています。
高山
生活者の変化を捉えて企画に落とし込み、実際に展開するまでのスピード感がとても重要だと思うのですが、このomomo packの方向転換はどれくらいで?
宮川
ふた月くらいですね。当社自体が「カルビーニューワークスタイル」と掲げ、数年前から新しい働き方を模索していますが、このタイミングで多くの方が生活を変えざるを得なくなったので、その疲れを癒す“おとも”としてJagabeeを位置づけました。
ブランドのパーパスを規定したら判断軸が明確になった
高山
では2つ目のテーマとして、逆に変化の時代でも変わらないことをお聞きしたいと思います。加藤さん、いかがでしょうか?
加藤
「ブランドらしさ」と「パーパス・ブランディング」です。当社では午後の紅茶に限らず他のブランドでも、それぞれのブランド・パーパス(社会的存在意義)を規定しています。
午後の紅茶では、“いつでもお客様に幸せなときめきを届けること”、と規定しており、「幸せ」と「ときめき」をすべてのタッチポイントで感じていただけるよう常に留意して、パーパス・ブランディングを実践しています。
また、ブランドらしさ=ブランドエクイティと捉えると、例えば明朝体のロゴや婦人マーク、ストレートとレモンとミルクの3色などがあります。また、茶葉から抽出する製造方法やスリランカ産の茶葉にこだわる点も、ずっと変えていない部分です。
高山
今、多くの企業がパーパス・ブランディングに取り組んでいます。ロングセラーのブランドでも、改めて軸足としてパーパスを明確にしようとされていると思いますが、午後の紅茶ではパーパスを据えたことでどのような効果がありましたか?
加藤
いちばん大きいのは、判断軸が明確になったことです。社内外の多くの関係者の協力によってひとつの商品や広告などを含むコミュニケーションが世に出ていきますが、その際に発生するさまざまな選択を、都度「午後の紅茶らしいか」を参照して決められるようになりました。「幸せなときめきを感じないから、止めましょう」といった形ですね。許容するゾーンが定まったという点で、ブランディングが進化したと思います。
最終的には、お客様にどう伝わるかが大事です。複数のタッチポイントから一貫したイメージが感じられ、それが積み重なっていくほうが、ブランドもより深く理解いただけると思います。
高山
なるほど。ただ、幸せなときめきを感じないよね、といったことはジャッジする人の主観によってしまいませんか?
加藤
そうですね。昨年からブランドの表現に関するガイドを作成しており、午後の紅茶における「幸せなときめき」がどういうものかをまとめています。これに沿って判断することで、客観性を担保するようにしてします。また、私自身がいち消費者だと思って、メーカーの視点は一回忘れて、主観で捉えることも大事にしています。
ブランドが選ばれる理由に立ち返ったリニューアル
高山
Jagabeeでは、どういった部分を「変えないこと」として守っているのですか?
宮川
私たちは、「じゃがいもの味がちゃんとする」というスローガンをずっと掲げています。これがお客様に提供する真ん中にある価値で、変えてはいけないことだと捉えています。
Jagabeeは、切ったじゃがいもを素揚げにしているとてもシンプルな商品なんですが、それをいちばんいい形にするために、スティックの見た目や味や食感などを細かく項目化し、それに近づけるよう工場で常に努力しているんですね。
スナック菓子としては、割とじっくり楽しんでいただく商品なので、こんな時期だからこそ、ほっとひと休みできる時間を大事にしようねという思いを込められたらと思っています。
逆に、その価値を中心に据えながら、パッケージはかなり変遷しています。途中、キャラクターを全面に出して楽しさやワクワク感を強調したりもしたのですが、先ほどお話ししたような考えで、昨年春に原点回帰した経緯があります。
高山
「じゃがいもの味がちゃんとする」というシンプルな価値に立ち返れたのは、やはりそれが長年選ばれている理由だとブランドとしてわかっているから、ということですよね?
宮川
おっしゃる通りで、本当に一周回って今がある、という感じですね。じゃがいもにこだわっているところを評価して、選んでいただきたいなと。その思いに私たち自身が納得し、実現したリニューアルでした。
ロングだからこそ「ファストセラー」の印象を持たれるように
高山
最後のテーマは「ロングセラーブランドの若返り」と掲げました。長く愛されるブランドほど、新しいお客様をどう捉えるかが大きな課題になると思います。
宮川
そうですね。そもそもスナック菓子はロイヤルティーが高いカテゴリではなく、数多くの商品の中からたまたま選ばれるような購買が多いので、そもそも「何もしなければ飽きられる」のが宿命です。
そこで、常に新商品などでニュース性を提供することが大事になります。Jagabeeでも先ほどのパッケージのように、時代に合わせたアップデートや、振り向いてほしいターゲットゾーンに響くように鮮度を保っていく取り組みを常に進めています。
加藤
清涼飲料カテゴリも、スナック菓子と同じで、お店には毎週のようにさまざまな新商品が並んでいます。宮川さんがおっしゃるように、何もしなければ飽きられることが、売上にきれいに出てしまいます。
そこで午後の紅茶では、ロングセラーではありますが、逆に「ファストセラー」のイメージを持たれるように工夫しています。基盤の3商品(ストレートティー、ミルクティー、レモンティー)は数年に一度リニューアルを図り、パッケージはもちろん、その時代に好まれる嗜好を捉えて味も進化させています。実は、発売時はもっとベタ甘い感じで、今のほうがすっきりした後味になっていたりします。加えて、期間限定商品も発売したり、コーヒーや緑茶の愛飲者を意識した新しい領域の商品を発売したりもしています。
高山
なるほど。ただ、新領域に拡張していくと、ブランドが枝分かれしてマネジメントが難しくなりませんか?
加藤
たしかに、行き過ぎるとカオスな状態になりますね。なので、ブランドのポートフォリオがどうあるべきかは常に考えていますし、前述のブランド・パーパスやエクイティはぶらさないことで、お客様に「午後の紅茶ブランドの○○」とわかりやすいようにしています。
宮川
私たちも、じゃがいもではなくさつまいもを使った「おさつbee」を発売したことがありましたね。加藤さんがおっしゃるように、どこまで拡張し、かつブランドを認識してもらうか、ラインの見極めが難しい課題だなと思います。Jagabeeでは「じゃがいも」に絞り込んだので、その点ではかなり狭めた戦略をとっています。
高山
お二人とも、多岐にわたるお話ありがとうございました。清涼飲料とスナック菓子で、共通点も多かったのではないかと思います。最後にひとこと感想をいただけますか?
加藤
ロングセラーブランドとして、環境変化に柔軟に対応しながらも、一周回って本質的な価値は何かということに立ち戻っているのが共通していたのは興味深かったです。午後の紅茶でも、紅茶の本質は何なのかを突き詰め、飲料としてのおいしさや味づくりを強化していきたいと思います。
宮川
私も、加藤さんとは業界は違っても意識している点などが似ていて、ヒントをいただきました。Jagabeeはロングセラーとはいえ、まだまだこれからのブランドだとも思うので、一層長く愛されるブランドに育てていけるように頑張っていきたいですね。
高山
今回、企画時は変化への対応を中心に考えていたのですが、改めてお話をうかがって「何を変わらない価値とするのか」を相当深く考えられているのが印象的でした。そこが明確になっているからこそ、時代の変化に的確かつクイックに変えていくことができるのだなと実感しました。お二人とも、ありがとうございました。
登壇者プロフィール
(写真左)
キリンビバレッジ株式会社 マーケティング部 ブランド担当 担当部長
シニアブランドマネージャー 加藤麻里子氏
大学卒業後、ネスレニュートリション株式会社(現ネスレ日本株式会社ネスレヘルスサイエンスカンパニー)に入社し、営業部を経て、マーケティング部に所属。その後、モンデリーズ・ジャパン株式会社に入社し、マーケティング部でクロレッツやリカルデントのブランドマネージャーとして従事。2018年4月にキリンへ入社し、キリンビバレッジマーケティング部で午後の紅茶のブランドマネージャーとして従事。2020年4月よりシニアブランドマネージャーとして、引き続き、午後の紅茶を担当し、現在に至る。
(写真中央)
カルビー株式会社 マーケティング本部 商品2部2課 宮川可奈子氏
新卒にてカルビーに入社し、大阪・名古屋の支店にて営業企画職に携わる。また、ポテトチップスの商品企画を約5年間担当し、カルビーポテトチップスうすしお味やピザポテトのブランドリニューアルを経験。2020年4月より現職。2021年に発売15周年を迎えるJagabeeのブランドマネージャーとして、より多くのお客様に愛してもらえるよう奮闘中。
(写真右)
株式会社クラシコム 取締役 事業開発部 部長 ブランドソリューショングループ マネージャー 高山達哉
2015年9月にクラシコム入社。「北欧、暮らしの道具店」のブランド広告事業の立ち上げを行い、様々な企業とのタイアップ施策を統括。現在もメディアがもつ世界観やブランド価値を広告主にソリューションとして活用いただく取り組みに従事。
書き手:高島知子
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