藤原康彦・葉子ご夫妻による立体額絵〜その4
倉敷市本町のみうち雑貨店は、岡山のクリエーターを応援しているお店です。
岡山市の木工房ねこの手、藤原康彦・葉子ご夫妻による立体額絵の最新作が出ていましたので、紹介します。作品は、すべて、着色ではなくて、木の本来の色が使われています。
額の中には、うさぎの国が造形されています。もともとが立体の造形なので、舞台の書割のように3層の平面から構成されています。それに加えて、そこにはいくつもの遠近法が多重に施されています。
順に見て行きましょう。
1. 重畳遠近法:重なっている木は、手前のものが近く、後ろのものが遠くに見えます。
2. 大小遠近法:大きな物が近くに、小さなものが遠くに見えます。近くのうさぎは大きく、遠くのうさぎは小さく作られています。木も、遠くほど小さく作られています。
3. 上下遠近法:水平線に対して上にあるものほど遠くに見えます。同じ平面でも上に配されている木ほど、遠くに見えます。
4. 空気遠近法:遠くにあるものほど、霞んで彩度が弱くなります。色が薄い木ほど、遠くに見えます。
5. 色彩遠近法:暖系の色は近くに見え、寒系の色は遠くに見えます。額絵では、近くの木は茶色ですが、遠くの木はやや緑がかっています。
6. 幾何学遠近法:使われている木の木目が、近くの木目は幅が広く、遠くほど目が詰まって配されています。
このように、多重に遠近法が加えられることで、額の中のうさぎが住む世界は、実在感と独立性を増します。
では、うさぎの世界をのぞき込む額には、どのような意味が秘められているのでしょうか?
ヒントは、額の左下の、粒状になった模様にありました。
以前、「末石泰節さんの茶碗」で紹介したことがあるのですが、それは、世界で最も有名な風景画のひとつ、フェルメール・作「デルフトの眺望」において、向かって左手前に描かれている砂浜に相当します。そして、額の他の部分は、運河を表しています。
フェルメール作・デルフトの眺望(1660-61年) 1)
「デルフトの眺望」の解釈に関して、以前アップした文章を再掲します。
『美術家・森村泰昌の畏友(いゆう)渡辺一夫は、「デルフトの眺望」のなかに次のような鎮魂の物語を見出した。手前の浜辺は、赤みを帯びたあたたかみのある場所で、生きた人びとの姿がある。それに比べて運河の向こう岸のデルフトの市街には、ひとの気配が感じられず、静寂につつまれている。運河に隔てられた、こちらの岸辺は此岸(この世)、むこうの岸辺は彼岸(あの世)に相当する。
見送り場面の拡大図3)
手前にある浜辺の左端では、一組の男女が船に乗ろうとしている。それを見送りに来ている紳士と子どもを抱く女性がいる。旅立とうとしているのは、絵が描かれる6年前にデルフトで起きた大災害で犠牲になった画家・ファブリティウス、と妻であり、見送りに来ているのはフェルメールであるという。それは現実の旅行ではなく、死出の旅である。こちらの浜辺と向こうの街並みを隔てる運河は、渡ってしまえば二度と帰ってくることがない三途の川であり、向こう岸に見えるのは大災害前の幻影としてのデルフトの街である。子どもを抱く女性の姿は、聖母子ではないか、とする読みである』2)
藤原夫妻の立体額絵では、額による運河に隔てられて、手前の砂浜がこの世であり、額の向こう側が、異世界です。今まで気付かなかったのですが、この作品に限らず、藤原夫妻は、額絵を通して小さな異世界を体験させてくれます。筆者はそれによって、隣接した異世界を感じ、この世に居る奇跡を知ることで、深く豊に生きられるように思いました。
引用文献
1)森村泰昌・著:知識ゼロからのフェルメール鑑賞術. 幻冬舎, 2013. P90・91
2)森村泰昌・著:自画像のゆくえ. 光文社新書1028, 2019, P241-315
3)朝日新聞出版・編:フェルメールへの招待. 2012, P36・37.