アドリブ……☆☆
「アドリブ」、って、言葉がラテン語だなんて、この本を読まなければ知らなかった。
出会いとは不思議なものだ。
自分が、児童文学を書こう、と思ったのは船橋市文学賞に応募すれば、受賞者でなくても選者の角野栄子さんに会える、と知ったからだ。
だが、私は船橋市民ではなく、在勤でもなかった。
公民館で文芸活動、これならいけるかもしれない。
幸いと言おうか皮肉と言おうか、我が家から一番近い公民館は「船橋市東部公民館」なのだ。
童話の会も見つけた。「津田沼童話の会」という。
私の住所は津田沼なのに、船橋市じゃないの。
2年前に文化祭で、童話の会を見つけて、即入会申し込みをして昨年の2月から活動している。
昨年の作品集には作品も載せてもらった。
船橋市文学賞にはもちろん応募したが、当たり前だが選外だった。
角野栄子さんに会うのが目的だから、選外でもよかったのだが、コロナのせいで、授賞式も懇親会も中止になってしまった。
がっかり。
だが、しかし奇跡が起きて、多くの児童文学者の方々とツイッターで繋がることができた。
今になって、焦って、児童文学を読んでいる。
「アドリブ」もその中の一冊なのだが、作者の佐藤まどかさんが、私のツイッターのプロフィールを見てコメントをくださった、という恐ろしい出会いから始まった。
私はプロフィールに小説家になりたい、と書いたのだ。
嘘つきになってはいけない。書くためには読まねば。
「アドリブ」はイタリアの音楽学校が舞台で、その世界に引き込まれる。
主人公のセリフのひとことひとことが胸に刺さる。
イタリア人の身体にしみ込んだキリスト教信仰に対する、主人公の言葉に、日本にキリスト教が根付かない真実を見たようで、心にすとんと落ちた気がした。
私はただのあこがれだけで、クリスチャンになってしまい、神様がいる、というあやふやな確信はあるのだが、献金の意味が分からず、教会から距離を置いていた。
そんな私の心に寄り添ってもらったような気がした。
自分の心に正直に生きようと思う。
私は身体障害者で心も疲れていて、コロナも怖い。
子供だった私は他人の視線が怖かった。人と話すのが苦手だった。
いじめられたり、からかわれたりしたから、未来なんて信じていなかった。
そんな自分を描くことが出来たらいいな、と思いながら、今年は真剣に児童文学と向き合おうと思っている。