マーケティング基礎研修の原稿書いてみた
久しぶりに、マーケティング研修の講師をすることになったので、その原稿を書いてみました。
■はじめに
今回マーケティング基礎研修を担当する合同会社くらラボの鞍掛です。私の経歴を通してマーケティングの基本について説明していきます。
私はソフトウェアエンジニアとして入社し、最初に担当したのは音楽ゲームを搭載した子供向けのミニ鍵盤楽器でした。自分で好きなようにゲームの仕様を決めてプログラム開発することができました。
入社3年目に、販売店支援のプロジェクトがあり、直営店に配属され、1年間店舗販売と訪問販売の仕事をしました。元の開発には戻れるとは聞いていましたが、忘れられないように、開発部長に、お客さまの生の声を聞いてレポートしていました。お客さまの家を訪問することで、どんな環境で商品が使われているのかが分かりました。
行動観察という、生活現場などにおいてお客さまがどのような行動をしているかを観察し定性的に事実を捉える市場調査の手法があります。アンケートでは見えてこないお客さまの本音が問題意識を持って現場を観察することで見つかります。商品企画がやりたかったので無意識のうちに行動観察をしていたようです。
さて、開発に戻ってボイシングと言う電子楽器の音色データを作成する仕事を何年かしました。最初のうちは楽しくて自分で好きなように音色を選んでいました。
できた製品を持って意見や要望を聞くために販売店やお客さまを訪問しました。これからはマーケットインが大切なのだと上司に言われました。
ドイツでは、「この楽器のアコーディオンの音色バリエーションが無くなったのはなぜか」と問われました。日本ではアコーディオンはメジャーではなかったので、私が削っていました。しかしその楽器のメイン市場である欧州ではアコーディオンの音色のバリエーションが重要でした。レストランなどで演奏する演奏家は、地元で親しみのあるアコーディオンの音色でメロディをとることが多いのでした。
マーケットインとは、お客さまの意見やニーズ(お客さまが求める潜在的な欲求)を汲みとって製品開発を行うことです。
マーケットインの対語はプロダクトアウトです。作りたいもの、作れるものを基準に商品開発を行うことです。私はそれまでプロダクトアウトをしていたわけです。
マーケットインを行ってからは、対象となるお客さまの目的に合わせて音色を選ぶようになりました。
■商品企画書
商品そのものの企画をやりたいと希望して、いよいよ音楽アプリソフトの商品企画を担当することになりました。
商品企画では定型の商品企画書があり、それを記述しなければなりません。私はそれが苦手でしたが、この商品企画書はマーケティングの基本でした。
商品企画書の内容は次のようなものでした。
① 商品化の目的
② 対象顧客
③ 商品の仕様概要
④ 競合商品
⑤ 自社の状況(強み、弱み、機会、脅威)
⑥ 販路と販売計画
⑦ 販促方法
⑧ 発売時期
⑨ 想定価格
商品企画書は、経営者が商品化の決断・判断をするためのよりどころとなる資料です。さまざまな企画の中から、これぞという企画を選別していきます。ですから企画には5W1Hが欠かせません。
その視点で先ほどの企画書の項目を見ると次のように、5W1Hにhow muchを加えた5W2Hが網羅されています。
企画書の5W2H
① 商品化の目的(why)
② 対象顧客(who )
③ 商品の仕様概要(what )
④ 競合商品
⑤ 自社の状況(強み、弱み、機会、脅威)
⑥ 販路と販売計画(where)
⑦ 販促方法(how)
⑧ 発売時期(when)
⑨ 想定価格(how much )
■商品化の目的(why)
5W2H の中で、why が一番大切だと言われます。
なぜこの商品を企画するのか。もちろん会社側の理由はありますが、重要なのはお客さま視点で考えることです。お客さまにとってのその商品を買う理由は何なのか。お客さまのどんな課題を解決できるのか。お客さまにどんな価値を提供できるのか。
why はそれぞれの製品の商品化の目的だけでなく、そもそも会社の目的、役割り、存在する理由が基になければなりません。それは企業理念やミッション・ビジョンとして明確になっていて公開されていることが必要です。そして商品の why が会社の why とズレていないことが大切です。
そうした why については、サイモン・シネックのTEDプレゼンテーションのゴールデンサークルでわかりやすく説明されていて、私は腹落ちしました。
Appleの商品は Appleのwhy すなわち、
「我々のすることはすべて世界を変えるという信念で行っています。違う考え方に価値があると信じています」
が基(円の中心)になっています。そしてそのwhyから
「こうして素晴らしいコンピュータができあがりました」
とwhatが生まれてくるのです。
● 優れたリーダーはどうやって行動を促すか/サイモン・シネック
■対象顧客(who)
次に大切なのは、対象となるお客さま、who です。お客さまがはっきりしていないと商品企画書の他の項目が入れられません。筋が通らなくなります。
しかしながら、誰のための商品なのか? 意外にもこれが明確じゃないことは多々あります。
プロダクトアウトで作って、たまたま売れた商品の後続の商品企画会議では「いったい誰が買ってこんなに売れているんだろうね」という話になったことがありました。
ぜんぜんマーケティングが無いじゃないかと言われました。ウチの会社にはマーケティングが無いと自嘲的に言う人が多かったです。
ところでマーケティングとは何なのでしょうか?
マーケティングの解釈は千差万別なので注意が必要です。ある人は市場調査だと言います。別の人は広告・販促だと言います。商品企画こそマーケティングだという人もいますし、経営そのものがマーケティングだという人もいます。
■マーケティングとは
マーケティングという概念は、1900年ごろアメリカで誕生しました。18世紀後半にイギリスから始まった産業革命によって、アメリカでも製品の大量生産が可能になりました。大量生産は大量消費によって支えられます。イギリスは海外の植民地に製品を送って大量消費を実現しました。
しかし海外に植民地を持たないアメリカは、生産した製品を国内で消費しなければなりません。そこで大量生産した製品の販売のためにどうやって需要を作っていくかをあれこれ考えるようになりました。これがマーケティングの原型なのだそうです。
つまり「売れるためにあれこれ考えて需要を作っていくことがマーケティング」なんですね。
マーケティングの定義は時代とともに変化しています。マーケティングの父と言われているフィリップ・コトラー先生は、マーケティング1.0から始まり、2010年に「マーケティング3.0」を、2017年には「マーケティング4.0」を提唱しマーケティングの変化を明快に示しています。
2016年に「ワールドマーケティングサミット」でコトラー氏が来日したときに私はコトラー氏の講演を聞き、ネスレの高岡氏との共著である「マーケティングのすすめ」をいただきました。この本では「マーケティングとは顧客の課題を解決する価値を提供すること」と定義しています。
私はこのマーケティングの定義が端的で分かりやすく、マーケティングでやるべきことを明示していると思っています。
■マーケティング・プロセス
では、マーケティングはどうやったら良いのでしょう?
コトラー先生がマーケティングのやり方を理論的に教えてくれました。マーケティングは「R-STP-MM-I-C」でやれば良いというのです。
マーケティング施策を実施する際に、立案から実行までの一連の流れをマーケティング・プロセスと呼びます。コトラー先生の「R-STP-MM-I-C」は最も有名なマーケティング・プロセスです。
「R-STP-MM-I-C」は、
* R:Research (市場調査や分析)
* STP:Segmentation/Targeting/Positioning (市場細分化/標的市場/立ち位置:対象顧客の絞り込み)
* MM:Marketing Mix(マーケティングミックス:4P 「製品(Product)」「価格(Price)」「販促(Promotion)」「流通(Place)」)
* I:Implementation(マーケティング施策の実施)
* C:Control(成果の効果測定)
という順で進めるということです。
商品企画書の項目を見てみると、このマーケティング・プロセスの企画部分「STP-MM」 が網羅されていることがわかります。
① 商品化の目的
② 対象顧客(STP:Segmentation/Targeting)
③ 商品の仕様概要(MM=4P:Product)
④ 競合商品(STP:Positioning )
⑤ 自社の状況(強み、弱み、機会、脅威)(STP:Positioning)
⑥ 販路と販売計画(MM= 4P:Place)
⑦ 販促方法(MM= 4P:Promotion)
⑧ 発売時期
⑨ 想定価格(MM= 4P:Price)
そしてそもそも商品企画をするには、市場調査や分析が必要ですから、「R」組み込まれています。つまり、この商品企画書を作ることがマーケティングになっていたということです。
■ STPとは
コトラー先生は、マーケティングではSTPが重要だと説きました。
お客さまが誰か(who)を明確にするために、まず市場を意味のある集団に細分化(セグメンテーション)し、分けた集団の中から、対象顧客を選択(ターゲティング)するのです。
ポジショニングは、競合他社との関係から自社の市場における立ち位置を明確にし、他社との差別化ポイントを示します。
STP分析はマーケティングの基本といわれ、ネットには詳しい解説が多数あります。
私は次のようなワークショップを体験し、これがシンプルでわかりやすいSTPだと実感しました。
まず商品が解決するお客さまの悩み、要望、課題を明確にし、次にそのような悩み、要望、課題を持っているお客さまは誰かを明確にします。
悩み、要望、課題を解決するには、ギャップがあるわけで、そのギャップを埋めるために何をしたら良いのかを考えます。
そのギャップを埋める価値を効果的に提供するのが商品です。その価値が何か、他社にはできない差別的優位点は何かを明確にしていきました。
これについては、また詳しく説明します。
さて、私はこの企画書を書くのが苦手だったと書きました。なぜなら考えが整理されていなかったからです。また一人で作文のように書こうとしていたからでした。商品企画書には、⑥ 販路と販売計画と、⑦ 販促方法の項目があり、これらは営業メンバーの合意をもらわなければなりません。
考えを整理するのには、フレームワークというツールを使うと良いことを知りました。また、このフレームワークを使って関係者とワークショップを行なうと、関係者の意見も反映されて合意を取りやすくなりました。
■フレームワークとは
フレームワークとは、考えるべきポイントを定型の図や表などに整理したものです。このフレームワークを使うことで、何が必要で何が課題となっているのかなどを論理的に導くことができます。
既存のフレームワークは、研究者やコンサルタントによって開発されているため、自己流でやるよりも効果が高いのです。
商品企画書で使ったフレームワークは、「SWOT分析」と「3C分析」です。この二つのフレームワークは、シンプルでわかりやすく、使いやすいです。
■ SWOT分析のフレームワーク
SWOT分析は、自社の強み(Strength)、弱み(Weakness)と、自社を取り巻く外部環境の機会(Opportunity)と脅威(Threat)を分析するフレームワークです。企業だけでなく、NPO法人や個人など広く使えます。
このフレームワークのメリットは、自社の内部環境だけでなく外部環境も考えることで、客観的に状況を捉えることができる点です。
また、機会と脅威など、プラス面とマイナス面を同時に分析することで、広い視野で判断ができます。
SWOT分析だけでは、事実がまとめられているだけなので、そこから具体的な施策を考えるために、強み、弱み、機会、脅威を掛け合わせてマトリックスにした、「クロスSWOT分析」も有効です。
強み x 機会:強みを活かして機会を勝ち取るための方策は?
強み x 脅威:強みを活かして脅威を機会に変える差別化とは?
弱み x 機会:弱みを補強して機会をつかむための施策とは?
弱み x 脅威:弱みから最悪のシナリオを避けるためには?
このクロスSWOT分析は、私が起業する時にも作って、経営方針に反映させました。
■ 3C分析のフレームワーク
3C分析とは、お客さま(Customer:顧客・市場)、競合(Competitor)、自社(Company)の3つの頭文字を取ったもので、自社を取り巻く業界環境の整理に役立つフレームワークです。
シンプルでわかりやすく、社内合意形成にも有効です。
3C分析は、who にあたるお客さま(Customer)からスタートします。お客さまがどのような価値を求めているかを先に考えることで、自社に都合の良い3Cになりづらくなります。
お客さまを知るには、典型的な対象顧客を見つけて、その人にインタビューしてみるのが手っ取り早いです。社内のデータや、顧客と接点のある人例えば店舗スタッフやカスタマーサポートの人などのヒアリングなどを通してお客さま像を具体的に想定して記述します。
お客さまは、年齢性別などの属性だけでなく、普段どんなことを考えているか、どんな話を誰としているか、どんな本や映像を見ているか、どんな行動をしているかといった視点で具体的に考えることで、自分たちに都合の良い架空の人物にならないようにできます。
お客さまの次は競合(Competitor)を分析します。一番の競合はどこでしょうか? 競合のホームページをユーザー目線で見ると発見があります。実際に購入したり、体験すれば、より正確に競合の商品を理解できるでしょう。競合のSWOT分析をしてみるのも良いです。お客さまが求めていることから考えると競合は必ずしも同業他社ではないです。コロナ禍で出張が減り、新幹線の競合は飛行機ではなく、Zoomだったりします。
最後に自社(Company)を分析します。自社のSWOT分析が役に立ちます。お客さま、競合を分析した結果、自社がどのような手を打つことができるのかを検討します。自社ならではの強み、差別的優位点は何でしょうか。お客さまが「価値」を感じるポイント(選定理由)は何でしょうか?
「SWOT分析」と「3C分析」がしっかりできていれば、商品企画書も書きやすくなります。
■商品企画書の例
こうして、私の商品企画書は完成しました。1990年代の商品なので、企画書の現物は手元にはありませんし、時代的には古くさいですが、マーケティングを考える参考にはなると思います。
家庭用カラオケアプリ
① 商品化の目的
・家庭用コンピュータでカラオケを楽しめるアプリを開発し、単品販売のほか、コンピュータ会社のバンドル(同梱)ソフトとして売り込む。(当時のパソコンメーカーはバンドルソフトの数を競っていました。)
・楽曲データを有料販売して、ビジネス化する
② 対象顧客
家庭用コンピュータを購入して家族で楽しみたいと思っている人
③ 商品の仕様概要
・Windows用のカラオケアプリ
・写真のスライドショーや動画を背景に歌詞が表示され、曲に合わせて色変わりする
・楽曲データはオンラインで購入できるようにする
④ 競合商品
パソコンを使わなくても家庭で楽しめるカラオケ機器
⑤ 自社の状況(強み、弱み、機会、脅威)
強み:カラオケのノウハウ、楽曲制作力
弱み:ソフト販売の実績が乏しい
機会:家庭用のコンピュータの販売が進んでいる
脅威:そもそもパソコンでカラオケをするか
⑥ 販路と販売計画
新規開拓
⑦ 販促方法
パソコン雑誌広告
店頭デモ
⑧ 発売時期
199x年11月(ボーナス商戦)
⑨ 想定価格
xx円
■まとめ
「SWOT分析」で内部と外部の環境分析をおこない、「3C分析」でお客さま、競合と自社ならではの強み、価値を明確にして、下記の項目の「商品企画書」を作ることが、マーケティングの基本です。
商品企画書
① 商品化の目的(why)
② 対象顧客(who/R:3C分析/ STP:Segmentation/Targeting)
③ 商品の仕様概要(what/MM=4P:Product)
④ 競合商品(R:3C分析/STP:Positioning )
⑤ 自社の状況(強み、弱み、機会、脅威)(R:SWOT分析、3C分析/STP:Positioning)
⑥ 販路と販売計画(where/MM= 4P:Product)
⑦ 販促方法(how/MM= 4P:Promotion)
⑧ 発売時期(when)
⑨ 想定価格(how much/MM= 4P:Price)
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