在日コリアンの多様性について
「Zタグ」について、あったことをまとめるのにかれこれもう1年近くかかっている。
思考が止まってしまい、自分の仕事も一部停滞してしまっていた。
でも自分が体験したことを、きちんとまとめて公表していくことでしか、この閉塞感から抜け出す道はないので、書いて行こうと思う。
「もっとひどい差別に苦しんでいる人たちもいるのに、自分なんかが辛いと声をあげてはいけないのではないか」と、感じている当事者の人に届けばいいなと思う。
それから「当事者当事者って偉そうに言うな」と悪態をついていた人にも…いや、届かないか。まあ、自分のために書く。
まず、在日コリアン「当事者」には、いろんな立場の人がいて、それらの人々は一人一人、経験、考え方はみんな違う。
こういう当たり前のことを当たり前に受け取れない人が多いということに、今更驚いた1年だった。
日本国籍を取得した弟と、私とでも意見は全然違う。
日本人だって差別事象への捉え方は一様ではないだろう。年齢によっても性差によっても受けた教育によっても、意見は全く違うだろう。
しかし、マイノリティのそれは単純に括られやすい。
在日コリアンで言えば、以下のように様々な違いの中を生きている。
一世、二世、三世、四世…(今六世くらいまでいるのだろうか)どのジェネレーションに属しているか、
日本国籍をとっているか、国籍を変えないままでいたか、
日本を出て海外に移住したか、
本名を名乗っているか、通名なのか、(*1)
家族は国籍やルーツのことをオープンにしていたか、隠すようにしていたか、自然に任せていたか、
生まれ育ったコミュニティに他の在日コリアンの家族は在住していたか、ほぼ日本人だけだったか、
家族はどこかの民族的コミュニティに属していたか、どこにも属していなかったか、(*2)
家庭で出される食事に朝鮮料理が普通に並んでいたか、全く出なかったか、
祭祀(チェサ)があったか、なかったか、
生まれ育った家庭は裕福だったか、そうではなかったか、
家庭内に他のメンバーを抑圧する人物がいたか、家庭内が平穏だったか、
自らに持病、障がいがあるか、ないか、
家族に病気の人や障がいを持っている人がいるか、いないか、
どういう教育を受けたか(朝鮮学校、韓国学校、日本学校の違いに加え、大学進学などが難なくできる環境だったか、両親はどうだったか)、
身内に朝鮮半島の言葉 (*3) を話せる人物がいたか、いなかったか、
朝鮮半島の言葉を自らも学んできたか、興味を持たなかったあるいは学ぶ機会がなかったか、
政治に対してオープンに話せる家庭環境だったか、そうでなかったか、
きょうだいはいたか、いなかったか、いた場合親しかったか、
高齢者と頻繁に言葉を交わす環境で育ったか、核家族だったか、
家庭内にタブーや重圧はなかったか、家庭内で子どもとして安心して過ごせたか、
友達にマイノリティはいたか、いなかったか、いた場合、その友達と親密な関係を持てていたか、
子ども時代に差別、いじめ、性被害を体験したか。
戸籍上の性別は男性か女性か、
性自認は男性か女性か、あるいは自分はどちらでもないのではと思って生きてきたか、
好きになる人はどういう人だったか、他人に恋愛感情を持つことはなかったか、
将来家庭を持ちたいと思ってきたか、持つことはないだろうと思ってきたか、
といった様々な(環境によるところの大きい)経験の差異があるだろうし、
大人になってからは、
たやすく仕事に就くことができたか、何度も挫けたか、
国籍や民族的出自を起因とする仕事上の困難さがあったか、なかったか、
加えて性差別やセクシャリティ、障がい、病気を起因とする仕事上の困難さがあったか、なかったか、
生活困難な家族を支える必要があったか、自由に個人の生活が送れたか、
あらゆる場で民族差別を受けたことがあるか、ないか、
あらゆる場で性差による、またはセクシャリティなどで差別をされたことがあるか、ないか
自身が他のマイノリティへの差別に対して何か行動したことがあるか、何もしていないか、
子ども時代に受けた心の傷が今の生活上の困難に繋がっていると感じるか、関係ないと思うか、
自身が社会に何か投げようと思っているか、黙っていようと思っているか、
などなど。
当たり前だけど、これだけ挙げただけでも個人としての在り方は違うので一概に「在日」と括ってはいけない。
私も気をつけようと思う。
ただ、これだけ違ってはいるが、「在日」が置かれている立場や、日本での差別事情は昔からあまり変わっていない(むしろネット社会になってひどくなっている一面がある)、と個人的に強く感じる。
加えて地域差別もあるし、女性差別もあるし、障がい者差別もあるし、セクシャルマイノリティへの差別もあるし、子供への虐待も性暴力も会社などで受けるモラルハラスメントもまだまだ放置されている社会なので、複合差別、抑圧を受けている人もたくさんいる。
以上のことを踏まえると、知り合いに「在日」がいる、または自身も「在日」だと語る人の「差別問題を矮小化する発言」は、とても危ういし、それ自体が第二の差別、抑圧となるのだ。
(*1) 日本国籍でありながら朝鮮半島ルーツの名前を取り戻して生活しているがんぺーさんのような人もいる。(記事のURLを貼ろうと思ったけれど、その記事が今一時的にか、見つからないので見つかったら貼ります)
(*2) 在日本大韓民国民団と在日本朝鮮人総聯合会(いわゆる民団と、総連)どちらかに属していることが多かったと思います。政治的に立場が異なる団体。
日本政府がポツダム宣言を受諾した後も朝鮮半島は平和とはとても言えない状態であり、帰れなかった人たちは異国の地(日本)で生活するにあたって、コミュニティを作り、相互の助け合いで暮らしていく他なかったのです。政治的な思想が全くあっていなくても、わからなくても、とにかく属していた人たちも多くいたと思われます。
(*3) 韓国語とも限らないので「朝鮮半島の言葉」と書きました。
(「朝鮮料理」も同様に)
歴史的に考えると祖母や父が話していたのは「朝鮮語」であり、在日コリアンの家庭内で話されている朝鮮語日本語ちゃんぽんの言葉もあります。そして今、母が学び直しているのは「韓国語」です。
日本の若い人に朝鮮半島の言葉の学び手が増えているのは、嬉しい反面色々思うこともあります。歴史や在日コリアンのことも知って欲しいです。
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