2024年9月14日(土)帝国日本の外地スポーツは知っておくべき歴史だ
シルバーウィークが無い今年は9月に3連休が2回ありその前半の初日。早朝から中1の長男がサッカー部の練習に出かけるのを見送って最近読んでいる『帝国日本と越境するアスリート』(高嶋航、金誠:編、塙書房)をパラパラめくる。戦前戦中の外地(満州、朝鮮、台湾)のスポーツとそれにかかわった人物を取り上げた珍しい本。テーマが重いなぁと感じて読むのに気合がいるが読めば発見ばかり。戦前日本のスポーツといえば「スポーツ一等国」の仲間入りを果たした1920年代後半から1930年代までの3度のオリンピックでの活躍がよく挙げられ織田幹雄前畑秀子西竹一ぐらいは知っている。がこの本で登場する人物の中沢不二雄(満州野球界のドン)や谷口五郎(朝鮮育ちの大連実業団エース)や劉長春・于希渭(ともに満州生まれの中国人アスリート)や張星賢(台湾人のオリンピア)などほとんどが初めて見る名前。とはいえ編者がいうように「スポーツ界は決して内地で完結していたわけではない」と思えるネットワークが内地外地の間で間違いなく築かれている。金メダルを取った孫基禎は有名だがほかにも数多くの朝鮮人や台湾人の選手がオリンピックに日本代表として出場し、特に冬季オリンピックでは外地(その中でも北に位置する場所)の存在感が大きくスキーでは樺太勢が出場しスピードスケートでは満州勢と朝鮮勢が圧倒していたとも。さらに甲子園でも台湾の嘉農(映画『KANO』で知られる)をはじめ満州の大連商業が準優勝(1926年)を果たすなど思っていた以上に内地以外の活躍していたことが分かった。そして戦後は各植民地が独立し分断された地域ごとで「ナショナル」なスポーツ界が形成されていったというのだ。戦前の日本スポーツの歴史は実は外地のスポーツの歴史なしでは本当は語れないのかもしれないですね。