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絵葉書と1枚のチェキ

いつからかは覚えていない。
旅や修業に出かけると、絵葉書を買うようになっている。
その土地の写真や風景画の葉書を1-2枚、多い時は5枚くらい買い求めるようになって、家に帰ってからせっせとその裏に手紙を認めてポストに投函、または郵便局に行って切手を買うまでが、旅と修業。
よくある観光地の写真が印刷されている葉書をあえて選ぶこともあるけれど、私は画家やイラストレーターが書いた葉書を探すことの方が多い。
水彩画だったり、鉛筆でさっと筆を走らせたような街の風景の葉書を街角で見つけるとついついたくさん選んでしまう。

ドイツに来てから母に手紙を書くことが増えた。
渡独して1ヶ月が経った時、クリスマス、旅した時、お誕生日…とことあるごとに絵葉書を送った。月に1回くらい国際郵便で送られてくる本たちの間に母からの手紙やカードが入って、ちょっとした文通のよう。
母の時代はファックスが最速手段だったという連絡手段、今はLINEもWhatsAppもFaceTimeもあるし、いつでもどこでも繋がれる環境。
パイナップルの切り方がわからない!と母にビデオ電話をすることもあるし、教授からの無理難題を愚痴るメッセージを時差を気にせず送りつけることもある。
今の時代に絵葉書?文通?と思うかもしれないけれど、ペンを持って紙に何かを書くのはちょっと気が引き締まる感じがして、このちょっとした緊張感を忘れずにいることも重要だと思っているから、何かというタイミングで書いては母に送ることをしている。

はじまりには元気ですか?と改めて聞く。今の季節の話や旅先でのちょっとした小話。美味しかったもの、一緒に行こうねという未来への約束。
間違えた漢字を書かないために辞書で調べたり、こんな表現であってたっけ?と言葉の使い方をもう一度振り返ったり。
さくっと書き進められることもあれば、2-3日かけて書くこともある。1人で書く時もあるし、妹がいれば場所を半分にして思い思いに書いていることもある。
最後に自分の名前と日付を入れたら、封筒に入れて宛名を書いていく。
書き慣れた実家の住所。母の名前を書いて赤文字で「JAPAN」と書き入れていく。ちゃんと届くといいな、そう思いながら封をして郵便局に行って切手を買う。
そこまでが絵葉書のルーティン。
母には「手紙を出したよ」とは言わない。なぜなら、ポストに封筒が入っていた時のドキドキワクワクを味わってほしいから。いつ届くのかは私にもわからないから、朝起きて母からのLINEをチェックした時に絵葉書届いたよ〜!という絵葉書の写真が添付されてくるのを、ポストに手紙が届けられた時のように心待ちにすることが最後の楽しみだ。

去年の秋に母と横浜にふらりと出かけた。その時に偶然入ったカメラ屋さんでinstax12(チェキ)を突然思い立って買った。元々フィルムカメラやチェキに興味があったけれどもタイミングが合わなかったり、最後のひと押しが足りなくて見送ってきた。
でもあの時唐突にinstaxを買おうと思って、レジまで持って行った。それから引越し荷物の中に入れて私と一緒にドイツへやってきた。
それから、ことあるごとに妹や友人とツーショットを撮っている。
フィルムの質感、一瞬を切り取るレンズ越しの風景。ぼやーっと浮き上がってくる色を待つ時間も楽しい。

絵葉書を入れた封筒の中には大体チェキが1枚入っている。いつ、誰と撮ったものなのかを添えて絵葉書の中に紛れ込ませる。

言葉や電話越しにいくら「元気だよ」と伝えても、伝わり切らない時が稀にある。人間は簡単に嘘をつけるし、欺こうと思えばフィルターなり、画面を切るなり、着ぐるみのエフェクトをつけるなりでどうとでも誤魔化せてしまう。
でも、写真はいつも正直。目を瞑ってしまったら修正できないし、チェキのように複製することもできないものならばさらに現実に忠実なものだ。加工することのできないフィルムに向かって「今」元気だよと伝える。
それが一番正直で、手元に届くまでは時間がかかるかもしれないけれど、結局一番早く届いて伝わると思う。
だから私は写真を撮るし、絵葉書と一緒に1枚のチェキを忍ばせる。

今年の夏は日本にもinstaxを持って帰った。楽器を持って飛行機に乗るときにはできれば他の手荷物を軽くしたいところだけれども、どうしてもinstaxだけは持って帰りたかった。幅取るなあと思いつつも、しっかりフィルムを抱えて持って帰って、家族写真を撮る。「えーメイクちゃんとしてないー」「リップ塗ってない!」と言っているその瞬間も切り取りたい。ツーショット以上になると全員がフィルムに収まるように試行錯誤しながら、最後のシャッターの瞬間を待つ。
暑い夏にぎゅぎゅっと集まって撮る写真もなかなか良い。
普段は「元気だよ」を伝える写真も家族で集まれば、”思い出”になる。

そして、日本から帰ってすぐに講習会のためにイタリアへ行った。
いつもレッスンが終わって街を散策した時に探していたのは絵葉書。片手にはinstax12。2人で旅する時にはいつもツーショットを撮る場所を探している。今回は見晴らしの良い場所を選んだ。
チェキは撮れたけれども、肝心の絵葉書がなかなか見つからない。日に焼けた観光地感満載のポストカードが申し訳程度に並んでいるくらいしか見つけられなくて、ちょっとだけ凹んでいた。この土地で有名だという博物館と城を見に行った帰り、路地裏を妹と並んで歩いていた。
そこに突如現れたのはお土産ショップ。こんなところに買いにくる人がいるのだろうか…?と思ったところに並べられていたのは、求めていた水彩画のような絵葉書!
ちょっと美化されているよねと笑いながらも、この絵葉書にメッセージを書いてさっき撮ったチェキを入れて…とやりたいことがどんどん頭の中で決まっていく。即座に選んでレジへ持っていった。
大体、絵葉書を買うときは数枚まとめて買う。母に送りたいものを中心にして、他に気になったものを自由に選ぶ。そこから帰ってきて、自分用に飾っていることもあるし、思い立った人に元気ですか?とメッセージを書いて送ることもある。
いろんなところへ行くほど絵葉書の種類が増えてくるけれど、私にとっては写真とは違った思い出の残り方でとても気に入っている。

帰ってから、母にイタリアで買った絵葉書にメッセージを書きチェキを同封して、いつも何かとお世話になる郵便局から日本に向けて送った。
ドイツから日本に送る郵便は比較的早く届いてくれるのだけれど、ちゃんと届くのかはいつも未知数。
もうそろそろ届く頃だろうか。
お返事はまだかな?とポストを見張っている、わくわくとした純粋な気持ちで、空を飛ぶ絵葉書を想う。

Hallo, Mama. Wie geht's?

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