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わたしという誰かの演劇_014

 わたしのいるところで、演劇がはじまる。

わたし  無傷の鹿が走り抜けていった、わたしはかまえていた銃を下ろし、梢をかすめて差し込む光がさっきまで鹿のいた場所をふちどるのを、ぼんやりと眺めていました、今日はもう帰ろう、そう思ってわたしは山を下り、田園都市線で渋谷へ、スクランブル交差点の信号が変わるのを待っているあいだに目にした向かいのビルの大型ビジョン、その中に広がった森の奥に、見憶えのある鹿の姿がありました、東京は夜の7時、昼間わたしが仕留められなかった鹿です、近くでも見分けのつかない鹿です、しかしわたしにははっきりとわかりました、無傷で走り抜けていった鹿が、ミネラルウォーターのCMの20秒のうちほんの0.5秒、カメラに目線を送っている、わたしに合図を送っています、わたしは銃をかまえたかったけれどここは渋谷だと思い直す間もなく映像は切り替わり、信号は青になり、ほかの多くのひとたちとおなじように歩き出して、そして今日ここまでやって来たというわけです、こんばんは、もしあのとき鹿を逃がしていなかったら、ここへこうしてやって来ることはできなかった、だってそうですよね、いろいろ処理もあるわけだし、これとは別のストーリーがはじまる、鹿は傷を負いよろめきながらもその場を立ち去ろうとする、わたしは銃をかまえつづける、そしてここへはやって来ない、なんて、見なかった夢の話をするのはやめにしましょう、せっかくわたしたちは見はじめた夢のつづきにいるんですから、わたしの夢の中にあなたがいるのか、あなたの夢の中にわたしがいるのか、どっちの目が醒めたらどっちが消えてしまうのか、怖いですか、消えてしまうのは、それともちょっと消えてみたかったりして、そうですね、これがあの鹿の見る夢なんだとしたら、そしたらどっちも消えてしまいますね、鹿に夢見られる気分ってどんな感じなんでしょうか、こんな感じかもしれない、案外いつもと変わらない、そうだ、気がつきましたか、銃声はやめときました、びっくりして起きちゃうといけないですから、あなたかわたしか鹿か誰かが、映画の予告編ってそういえば、盛り上げるだけ盛り上げといて、サスペンスフルな気分が高まったところでドンッ、銃声で暗転、って多くないですか、それからもうワンシーンくらい軽めのやりとりがあって近日公開、また次の予告編へ、いつになったらはじまるの本編、スクリーンに映る森の奥、木々のあいだに差し込む光に人影を見た、そうか、わたしが鹿だったのか、無傷のわたしは静かに駆け出し、また別のフッテージへと滑り降りる、田園都市線、信号は青、見なかった夢、無傷のままで、走り抜けていく、

 また明日。

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