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「すごい宇宙」という本を読んだ。

※『点転』外伝 by白い靴下の男

「すごい宇宙」というタイトルの本を読んだ。妻が知り合いから借りて出しっぱなしにしていたのがふと目に留まったのだ。
タイトルも内容もとても大雑把な設定のSF小説だった。ネットで評判を調べてもろくな感想が出てこない。手に取ったのが今でなければ読もうと思わなかったかもしれない。

主人公はどこかの星の宇宙船クルー。
彼らはとある任務を負って故郷を離れるのだけど、辿り着いた星でクルーのひとりが死んでしまう。一行は途方に暮れる。

悲しい…というのは少し違う。

彼らの星には、「死」という概念がなかった。そんなことがあるのかと思うけれど、小説の中ではそういうことになっている。何かがどうしようもなく終わってしまうということは彼らの星では起きなかった。終わってもリセットして何度でもまたやり直すことができた。
「取り返しのつかないおしまい」というものを知らなかったのだ。

でも、故郷を離れた赴任地の星では、そういうわけにはいかなかった。
死んでしまったものは死んでしまったままだった。
彼らにはどうしようもなかった。

それはもうどうしようもなく終わってしまったのだ。

そして、終わってしまったもの以外は続いていた。

居なくなるはずのなかった誰かがどうしようもなくいなくなってもう二度と戻ってこなくても、毎日は続いていた。

何かが終わってしまっただけの世界がそこから始まった。

彼らは戸惑った。どうすればいいのかわからなかったけれど、なにかしなければいけないような気がした。
なにかしなければ、なにかの…辻褄があわないような気がしたのだ。
彼らはその星の習慣に従うことにした。意味も理由もわからないまま、ひとつひとつ具体的に真似をした。

斎場へ行き、動かなくなった仲間に花を供えた。そして箱に入れて燃やした。なんのためにそうするのかわからなかった。でも、そうした。

空に煙が上がるのを見た。
昔話をしながら全員で食事をした。なんのためにそうするのかわからなかった。でも、そうした。

毎年同じ日に同じ場所で同じように集まって食事をした。なんのためにそうするのかわからなかった。でも、そうした。それが「弔う」という手続きだった。

いなくなった仲間は二度ともどってこなかった。
皆で過ごした日々も、もう二度と戻ってこなかった。
彼らはそれまでと同じように、それまでは生きなかった日々を生きた。

ひとり欠けた毎日が新しく始まった。誰も知らなかった一日を毎日過ごしてい内に、それがふつうの一日になった。

新しい日々はそれまでの日々とは違う日々だった。
けれども同じようにやってきた。そのうち、だんだん、今の何が以前の何と何が違うのか、分からなくなってきた。

長い時間をかけて彼らは弔い、新しい毎日になじんでいった。

とある任務はある日終わった。
何かが終わった時にどうすればいいのか。彼らはもう知っていた。
終わるまではしなかったことを終わるまでと同じようにするのだ。

彼らは同じ場所で集まって最後の食事をした。
そして来た時と同じように、来た時とは違うメンバーで、帰路についた。

彼らが星へ帰ってからのことは描かれていない。
次の章では、死んでしまった仲間の視点でもう一度物語が展開するからだ。
故郷の星を離れてから、それまで経験したことのなかった「死」を経て、仲間に見送られ、煙になり、ひとつの世界が終わり、けれども、その後まだ物語は続く。

任務を終えて旅立つ宇宙船を、今度は彼女が見送るのだ。
大雪の日、イルミネーションを点滅させ、エンジンの音を吹かせて空へ登っていく宇宙船を、今度は彼女が見送るのだ。

この小説から何を読み取るのが正解なのかはわからない。
そもそも、私が読んだと思っている内容がほんとうに小説に書かれている内容なのかどうかも分からない。

もしかしたらこの小説は、ほんとうは、とある任務についての物語なのかもしれないし、彼らが斎場で出会った葬儀社の男の隠された過去がテーマだったのかもしれない。彼らの仲間の死の謎に焦点を当てるなら、ミステリー小説なのかもしれない。

ただ、私には今、それらのことはどうでもよくて、とある任務を巡る惑星間の攻防にも興味がなくて。何か私にはわからない深遠な真理を暗喩しているのか?という文学的な興味も特にわかなくて。

この小説を読んだ私の心に沸き起こったのは、「なるほど人はこうやっていなくなるのか」という漠然とした実感だった。

私がこの小説に興味を持ったのは、主人公がたまたま自分の立場に近かったからだろう。それはきっと、私がもうすぐいなくなる人間だからだ。
自分がいなくなった時、妻はきっとこの小説のように私を見送るのだろう。私は、きっとこの小説のように見送られるのだろう。

別にこの小説の感想を誰かと共有しなければならないわけでもないし。
レビューを書かなければならないわけでもないし、設問に答えなければならないわけでもないし。むしろ、この小説にはこういうことが書いてあるのだと誰にも教えたくないと何故だか思った。

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※これは『点転』という劇の本編の5年少し前のスピンオフの物語です。

『点転』は、2021年に公演を予定しています。

詳細はこちら floor.d.dooo.jp/tenten/








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久野那美
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