誕生日ケーキは自分で調達せよ!ナポリ初心者の僕が「ナポリ式誕生日」をどっぷり堪能した長い1日
僕に課せられた誕生日ミッションは、マリアのはからいによって「家族全員にご飯を奢る」というハードモードを逃れ、「ドルチェが評判のバルでホールケーキを調達する」というそこそこの難易度に調整された。
とはいえ、ちょっとモニちゃんに付いてきた異邦人である僕が、見知らぬナポリの下町フオリグロッタでホールケーキを調達できるのだろうか。
目的のドルチェが美味しいあのバルは、平日でも週末でも人でごった返している。店の不文律を無視して無闇に注文しようとすると店員、客を含めた360度から「なにトロいことやってるんだよ」というお叱りを受けてしまう。
とはいえ、旅の恥はかき捨て。ちょっとケーキ買うだけの異邦人だし、ある程度のことは呆れ顔で受け入れてくれるだろう。バカのふりをして出来合いのホールケーキを指差して「コレ、クレ」と言い続けていればきっと買えるはずだ。
などとホールケーキ調達の脳内シミュレーションをしていると、モニちゃんの叔父のジジが「もうすぐタイチの誕生日だから、そろそろあのバルでアマレーナのホールケーキを予約しないとな」と言い出した。
僕の把握していない情報がふたつある。まず、ケーキの味がアマレーナ(どんな味かは後述)に決定している。そしてケーキは予約しなければいけないらしい。
さらにジジは「予約は一緒に入ってあげるよ」と続けた。ありがたい限りだ。ジジは日常生活の段取りとオペレーションを組むのが好きな几帳面(すぎる)タイプなので、僕も心の隅では「きっとジジがケーキを買うのをフォローしてくれるだろう」とは思っていた。
誕生日前日、ジジのダイハツの愛車でケーキの予約をしに行った。ジジはバルのカウンターで「アマレーナのケーキを予約したい」と店員さんに告げると、店員さんから「ケーキにメッセージ書く?」と聞かれた。ジジは「うん。『おめでとうタイージ』って書いて」と説明しはじめた。
店員さんが「タイージ?つづりは?」と戸惑っているようだったので、僕が紙とペンを借りて「TAICHI」と書いた。店員さんは理解してバチンと僕にウインクしてくれた。
そして誕生日当日、予約したケーキをジジと一緒に取りに行った。ジジは外食するとき、モニちゃんと僕のぶんもごちそうくれようとするし、実際かなり奢ってもらった。だから、ケーキの代金も払おうとするんじゃないかと懸念していた。
ケーキまで奢ってもらってしまったらマリアにドヤされるに決まっているので、なんとしてもケーキの代金は僕が払う必要があるのだ。
店員さんがケーキをレジまで持ってきたので、ジジよりも早くレジに向かわなければ!と急いで大勢の客をかき分けてレジに向かおうとした。するとジジは僕の背中を押して「早く払え!」と急かしてきた。ジジがケーキ代を払ってしまう懸念は杞憂に終わったが、まさか急かされるとは思わずちょっと笑った。それほどまでにナポリ式誕生日の掟は絶対なのだろうか。
無事にケーキをゲットしてマリアの家に戻ると、ダイニングルームが大人数フォーメーションにセッティングされており、たちまち僕のバースデー食事会が始まった。
最初に出てきたのは「シチリアーノ(シチリア風)」というパスタ料理。Zitiという細長いパスタに揚げナス入りのトマトソースを和えて、オーブンでバリっと焦げ目をつけたパスタだ。ナポリ家庭では普通なのか不明だが、複数の料理があっても一発目には必ずパスタが出てくる。
僕は面白がって、「これが日本のシチリアーノだよ」と言ってサイゼリヤの「タラコソースシシリー風」の画像をマリアに見せた。マリアは眉間にグググっとシワを寄せて「このソースはなに?」と訝しげに言うので「これは魚の卵」と答えると表情を変えずに「フンっ」とだけ言った。
食事に関してはかなり保守派のマリアにとって、「好きな食べ物」以外は「嫌いな食べ物」のようだ。
続いてグリンピースの温かいサラダ。美味しいパンチェッタの味が豆にバッチリ染み込んでいて最高だった。この料理もサイゼリヤでは定番メニューだが、もうサイゼリヤの話はやめておこうとグッと飲み込んだ。
メイン料理はマリアいわく「豚で作ったローストビーフ」。とても複雑な味がして美味しかったが、マリアは料理に多くの素材を使わないのでおそらく視覚的に捉えられる玉ねぎ、トマト、ローズマリーくらいしか使っていないのだろう。
食後にダラダラと談笑した後、ついに僕が調達したケーキをお披露目することに。
買ってきたアマレーナのケーキは家族に大人気で、マリアとジジはそれを知っていたから僕にアマレーナのケーキを買うように仕向けたのかなと思った。
アマレーナというのはさくらんぼ一種で、だいたいシロップ煮にしてある。ケーキの生地はザクザクしており、硬めのカスタードクリームの合間合間にアマレーナがこれでもかと詰まっている。
ナポリの食文化に触れるまで僕はアマレーナの存在を知らなかったが、この中毒性の高い独特な香りと甘さは一度覚えてしまうとクセになる。
ケーキを囲んだ家族は僕に「ハッピーバースデートゥーユー」のイタリア語バージョンを歌ってくれた。
モニちゃんの従姉妹で、ファミリーの中では“そそっかしい担当”のキッキが僕に「タイチ、何歳になったの?」と聞いてきた。僕は「37だよ」と答えると、キッキは海外ドラマのチアリーダーのように大げさに驚いて「37?ベッキオ(古い)!!」と忌憚のない感想を聞かせてくれた。
大げさに驚きすぎたことに気づいたキッキは、落ち着きを取り戻して「でも、若いね」と取ってつけたようなお世辞を添えた。
かくして、「37歳の初めてのお使いinナポリ」は無事に大円団を迎えたのだった。