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ハッピーでトラディショナルなナポリ人のサマーバケーションにチラついたジェンダーロール

さて、アグロポリで過ごすサマーバケーションはそれから5日ほど、判で押したように同じことを繰り返す日々が続いた。起床して簡単に朝ご飯を済ませたら、コーヒーとパニーノをこさえてビーチへ行って日暮れ前までぼーっとして帰る、のループ。飽きたと言えばそれまでなのだが、同時にこれ以上ない贅沢のような気もする。不思議な時間だ。

「日中はビーチで過ごす」が当たり前になった人の顔

ビーチから撤収したあとのディナーの準備はもっぱら女性陣の仕事だった。マリアが台所のリーダーとなってディナーの献立を作って鍋を振り、仕込みを他の女性陣に分担していく。

そのあいだ、男性陣は食前酒とおつまみでアペリティーボを楽しむ、というのが主な構図だ。典型的なジェンダーロールがサマーバケーションの台所にもはびこっていることがわかった。僕もモニちゃんも、わりとステレオタイプとかジェンダーロールをめざとく検知してしまうタチなので、毎晩ディナーの準備の際には戸惑うことも多かった。

我が家では僕が料理担当で、その間モニちゃんは自身の部屋に設営したホームジムで筋トレしながら料理の完成を待っているのが日常なので、アグロポリのアパートではその真逆の光景が広がっていた。

僕がカトラリーを並べたり仕込みを手伝ったりしつつ、モニちゃんは食卓のあるテラスと台所をいったりきたりしながらつまみ食いなどして自由に動き回っていた。

キッチンでディナーの準備をするマンマ勢と、盗み食いの機をうかがうモニちゃん

そういえばアグロポリ滞在初日の夜、僕がディナーの準備を手伝うとマリアは大げさに驚きながら「マンマミーア!素晴らしいぞタイチ!」と褒めちぎってくれた。男にとってはあるあるだが、ちょっと家事をするだけで異様に褒められる。なので褒めてもらうと(僕が女だったら褒められないかもな…)と、ちょっと複雑な気持ちにもなるが、ありがたく受け取るようにしている。

ある日の夜、いつものように僕がディナーの準備をしていると、テラスから「タイチ、アペリティーボしよう」と声をかけられた。モニちゃんの従姉妹のダダの夫で、新生児の父であるペッペだ。ペッペは食前酒ではなくコーラをあおりながら、象の鼻のように長い手で僕を手招きしている。

僕は仕込みの手を止めてビールを片手にテラスのアペリティーボ組と合流すると、ペッペは嬉しそうに僕と談笑してくれた。ペッペは仕事で英語を使うらしく、英語とイタリア語を交えながら簡単なコミュニケーションがとれた。

ちなみにイタリアなまりの英語の特徴で驚いたのは、「R」をしっかりと「ラリルレロ」で発音することだ。例えば「Under」などは「アンデル」みたいな発音になる(たぶん)。だったらスポーツブランドの『Under Armour』とかは「アンデルアルマル」って言うのかな…なんてどうでもいいことが頭をよぎった。

ペッペとのおしゃべりは、お互いがどんな仕事をしているのか、新生児との生活はどうか、ナポリと日本の文化の違いはなにか、など話題はさまざまだった。

テラスで象の鼻のように長い腕でピースするペッペ

なんというか、ドラマで見るような「親戚の兄ちゃん」との会話みたいだ。考えてみると、ディナー準備中のアペリティーボ組はペッペとジジしかいないので、ペッペの話し相手はおのずとジジだけになる。ペッペにとってジジは「妻の父親」なので、けっこう気をつかうシチュエーションかもしれない。

そのため、ペッペは男性である僕に対して「アペリティーボ組の新人が登場した」と期待を寄せていたのかもしれないが、期待とは裏腹に僕はマンマ勢と共にディナー準備組に加入したので、話したくてうずうずしていたのだろうことが見てとれた。親戚たちの中にも、男子のコミュニティが存在しているのだ。役割分担と言ってしまえばそれまでだが、ナポリの家庭にも日本と同じく根強いジェンダーロールがあるようだ。

モニちゃんいわく、マリアとジジの家庭は特にトラディショナルなナポリの家庭を体現しているらしい。家事の大部分はマリアが担当していること、作る食事はナポリの家庭料理だけであること、週末は子と孫と過ごすこと、今回のサマーバケーションもそれに当てはまるだろう。好きでやってるからいいのだが、マリアとジジは共働きということも加味すると、客観的にはマリアの負担が大きいように感じる。

とはいえ、こうしてテラスで大人数で食卓を囲みながら談笑し、マリアとジジが顔を崩して新生児の孫をあやしている様子を見ると、ふたりが勝ち取った幸せが尊いことは火を見るより明らかだ。

テラスでの幸せなディナー。中央のマリアは写真嫌いでポーズをとってくれない

結局、アグロポリには1週間ほど滞在し、ナポリ式のサマーバケーションをがっつり体験できた。僕らは1週間だけの滞在だが、親戚たちは僕らが合流する前からアグロポリ入りしているので、1ヶ月近く滞在していたことになる。きっと1ヶ月間、アパートとビーチを往復し夜は自炊するルーティーンを維持していたんだろうが、彼らにとってはこれが最高の贅沢なのだろう。

バケーションを終えて自宅に帰ればマリアは再び仕事と家事におわれる生活に戻るのだろうが、フライパンをふる真っ黒に焼けた自分の腕を見て誇らしく楽しかった夏の思い出を振り返るのかもしれない。

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