ナポリの水回り事情。想像と現実
初めてイタリアに長期滞在するにあたって最も懸念していたのは水回りのインフラだった。具体的にはトイレ、水道水、風呂で、これらは多くの日本在住者が海外旅行する際に気にするポイントだろう。
まず、トイレは「まあ我慢できる」レベルだった。とはいえ、注釈をつけると「公衆トイレは除く」のだが。公衆トイレは小便器はパパっと済ませられるのでいいのだが、個室のトイレには便座がない場合が多く戸惑った。
いやいや、便座なしの洋式便所なんて和式よりタチが悪いぞ…と腰が引けてしまうのだ。便座がないので便座に尻をつけずに用を足さなければならないので、まさに“腰の引けた”ような体勢になるのである。
結局、いまだに公衆便所で個室のトイレを利用したことがなく、もっぱら長期滞在していたB&Bのトイレで用を足すことになった。滞在したB&Bはナポリでは地域最安値だったが、宿泊者にはそれぞれ個室のトイレが与えられており、それが非常に清潔にメンテナンスされていて助かった。
B&Bのオーナーのチーロとそのパートナーのジュリアナは、従業員を雇わず自分達で清掃をしている。一度、彼らがはぎとったシーツを丸めて廊下に投げ捨て、丸まったシーツを蹴り飛ばしながら階段の踊り場まで運んで業者へ引き渡すズタ袋に詰め込んでいるのを見かけた。そんなマインドセットの人たちがこんなに部屋をキレイに掃除をするのかと感心したものだ。
次に懸念していた水道水、これはそれほど問題にはならなかった。よく「日本以外の水道水は飲めない」と言われているので、念のためイタリアの水道水は飲まずにすごしたのでトラブルは回避できた。
ある日シャワーを浴びた時に口に入った水が、違和感のある風味だったので「あっ、やっぱりこっちの水道水は飲めないんだ」とも思ったが、その直後にモニちゃんの叔母のマリアがコップ一杯の水道水をゴクリと飲んでいるのを見かけた。
「あの水道水を飲んでる…」と、僕は少しうろたえたが、マリアはいかにも頑丈そうな人なので、とりあえず真似はしないでおこうと思う。
水回りで最大の問題となったのが風呂だ。問題もなにも、そもそも風呂が無いのだ。あるのは電話ボックスくらいの狭さの「ドッチャ」と呼ばれるシャワーだけで、身体を洗うのはすべてこの電話ボックスの中で完遂しなければならない。
僕はお風呂が大好きで、日本では大浴場を目当てにジムに入会したくらいだ。ジム(=大浴場)には毎月25〜28回ほど通っているため、自分の家の風呂にはいまだに入ったことがない。
そのくらい風呂への課金は惜しまない僕にとって、ナポリでの電話ボックスドッチャは苦行以外のナニモノでもなかった。
少しでも楽にドッチャできるように、マリアとその夫のジジがどうドッチャを活用しているのか研究したが、研究結果は「普通にシャワーしてるだけ」だった。彼らにとってはドッチャは苦行ではないのだ。
ただ、ジジのドッチャにビーチサンダルが置いてあることに気がついたのは唯一の収穫と言えた。狭いドッチャで足の裏を洗うのは至難の業で、片足立ちでもう片方の足を洗わねばならない。ツルっと足を滑らせてしまえば怪我もするだろうし、よろけて電話ボックスに全体重がかかったら電話ボックスごと破壊しかねない。
そこで僕はジジの真似をして持参していたビーサンを履いてドッチャしてみたところ、かなり足場が安定した。これからドッチャの国に行く人は参考にしてほしい。
ちなみにモニちゃんいわく、風呂桶がある家は珍しくないらしい。マリアとジジの家には風呂桶がなくドッチャがふたつあるのだが、聞くところによるとリノベーションする際に「風呂桶をあきらめて、お互い自分のドッチャを作る」という結論に至ったらしい。マリアもジジもお互い違った意味で神経質なので、この結論には納得した。
マリアの弟のレッロの家には風呂桶があった。レッロの家に何泊か泊めてもらったことがあるが、朝、僕が風呂桶のあるバスルームのトイレで用を足そうとすると風呂桶にはレッロが前日に着ていた洋服が散乱していた。
そういえば前日、レッロに連れられて八百屋にいき、その八百屋が新たに始めたスパークリングワインの量り売り(なぜ八百屋が…というのはさておき)で買い込んだスパークリングをけっこう飲んだので、レッロは酔っ払って風呂桶に服を脱ぎ捨てたんだろうな、と想像した。
そのレッロは遅く起きてバスルームに1時間くらい篭って、昼前くらいに腫れぼったい目で「チャオ」とダイニングに降りてきた。お酒が好きなレッロには風呂に浸かることがデトックスのルーティンになっているようだ。
日本のお風呂に慣れている人は、ナポリに行く際はドッチャがメインになるはずなのでビーサンを持参することをおすすめする。