古川萌(壺屋めり名義)『ルネサンスの世渡り術』推薦文

ルネサンスの世渡り術(書影)

 国立人文研究所/KUNILABOは、2020年4月期講座として9つの講座の開講を予定しておりましたが、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、4月期の講座実施を中止させていただくことといたしました。4月期に予定されていた講座は、そのまま9月期に開催予定で調整を進めております。詳しくはこちらをご覧ください。みなさまにはご迷惑をおかけいたしまして大変申し訳ございませんが、ご理解賜りますようお願い申し上げます。
 さてしかし、2020年4月期に予定されていた講座には魅力的な講座がたくさんあります。講座を開催できない今の時期だからこそその魅力をなんとかお伝えしたい、との思いから、人文学に関わる記事をこの場でみなさんと共有できればと思っております。
 今回ご紹介するのは、「ルネサンス人の眼でルネサンス美術を見る」をご担当いただく古川萌先生のご著書です。古川先生は、壺屋めり名義で『ルネサンスの世渡り術』(芸術新聞社)という本を書かれています。本書はオンライン雑誌「クーリエ・ジャポン」の人気連載「リナシタッ ルネサンス芸術屋の仕事術」に加筆し書籍化したものです。今回はその連載の担当編集者だった深谷有基さんに、本書の推薦文を書いていただきました。

・『ルネサンスの世渡り術』に寄せて

本書の基となる連載を壺屋めり氏に依頼した編集者として、本書の推薦文を求められた。現代日本の編集者は、依頼・編集した作品の背後でニヤニヤしているのが相応しく、表に出てそれを推薦するなど野暮の極みに思える。

だが、本書で再現されているのは、まさに発注者の意図と受注者の仕事ぶり、そしてその掛け合わせとして芸術作品が生まれるまでの「文脈」だ。作品自体の解釈・解説は、本書の主旨ではない。

この推薦文もまた然りだ。本書が生まれるまでの文脈についてなら、発注者の視点で多少語れるかもしれない。

じつはこの「文脈」という概念こそ、発注者たる筆者の意図だった。人文系の「若手研究者」に、人文学の基本とも言える「文脈を理解する」術を駆使し、研究テーマを現代日本の文脈でも共感を呼ぶようなものとして表現してほしい。テーマ・スタイルは任せる、それさえ達成してもらえれば、発注者の名誉になる──どうもボヤッとした意図だ。

「歴史的」文脈を知ると、もう少しリアルかもしれない。この連載をめり氏に相談したのは、筆者が「クーリエ・ジャポン」編集部に入る直前のことだった。要するに、こちらはこちらで受注者として「こんな企画できます」アピールが必要だったのだ。

発注者と受注者それぞれのニーズが合致し、かくして連載は始まった。めり氏の仕事ぶりは目覚ましく、その世渡り術にも感心させられどおしだった。与えられたチャンスを確実にものにするタイプだ(本書の登場人物になぞらえたら誰だろう?)。月1の連載を1年間こなし、あっという間に書籍化にこぎつけ、博士論文も書き上げ、それも本になった。

受注者側にまた別の物語があるだろうことは言うまでもない。

いずれにせよこんな文脈など知らずとも、本書は面白く読める。それは、本書に再現されたような文脈を知らずとも、残された芸術作品の美しさを味わえることと似ているかもしれない。

では「文脈を理解する」ことに意味はあるのか。突き詰めれば、「人文学」に意味はあるのか。それは、文脈を理解しようと試みた者だけが味わえるのだろう。

深谷 有基(ふかや・ゆうき)
編集者。編集書籍にリチャード・ボウカム『イエス入門』(新教出版社)など。
古川 萌(ふるかわ・もえ)
東京大学経済学研究科特任研究員。専門はイタリア・ルネサンス美術史。日本学術振興会特別研究員DC(2013-16)、同特別研究員PD(2016-19)を経て、2018年に京都大学にて博士号(人間・環境学)取得。著書に『ジョルジョ・ヴァザーリと美術家の顕彰――16世紀後半フィレンツェにおける記憶のパトロネージ』(中央公論新社、2019年)、壺屋めり名義で『ルネサンスの世渡り術』(芸術新聞社、2018年)
ルネサンス人の眼でルネサンス美術を見る (一般:8,000円/4回 学生:4,000円/4回)
【授業予定】
第一回: オリジナリティ――「模倣しない者などいるのだろうか?」
第二回: ふさわしさ――「ふさわしさについて言えば、ラファエッロは決して逸脱することがなかった」
第三回: 素描と彩色――「画家の能力をすべて勘案してみると、ミケランジェロはそのうちのたった一つ、つまり素描の能力しかもっていない」
第四回: 困難さと流暢さ――「技巧が表にあらわれないように、なんの苦もなく言動がなされたように見せる」

【参考図書】ジョルジョ・ヴァザーリ『芸術家列伝1~3』平川祐弘、小谷年司、田中英道、森雅彦訳、白水Uブックス、白水社、2011年
ロドヴィコ・ドルチェ『アレティーノまたは絵画問答』森田義之、越川倫明訳、中央公論美術出版、2008年
マイケル・バクサンドール『ルネサンス絵画の社会史』篠塚二三男、豊泉尚美、石原宏、池上公平訳、平凡社、1989年
アンソニー・ブラント『イタリアの美術』中森義宗訳、鹿島出版会、1986年
リオネッロ・ヴェントゥーリ『美術批評史』辻茂訳、みすず書房、1971年                
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