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西原志保(『源氏物語』研究)インタビュー:後編

研究者が研究を続けることは社会的な義務であると思うので、
腐らず、自分にできることを続けて行かれたらと思います

名前は知っているけど、実際に読んだことはない文学作品の一つに挙げられることの多い『源氏物語』。日本の古典文学作品の金字塔ですが、チャレンジするにはややハードルが高いと思う方もいるかと思います。『源氏物語』の研究者で、KUNILABOにて人文学ゼミ「『源氏物語』を読む」をご担当いただいている西原志保さんのインタビュー後編では、『源氏物語』から派生した最新の研究の内容や、人文学を研究することについてお聞きしました。
(本インタビューは、2018年2月に掲載されたインタビューをnoteに転載するにあたり、一部修正・改編したものです。前編はこちら)

インタビュー・編集=KUNILABO

研究を続けるのは「業」のようなものだと思っています。
成仏できるか、あるいは何か憑き物が落ちるかしないと、辞めることはできない

——前述の著書の中では笙野頼子、森茉莉や、ユルスナール(※3)ら現代の作家にも言及したり、他にも円城塔『道化師の蝶』の書評を書かれていますが、興味のある現代文学は他にありますか?
日本の作家だと、佐藤亜紀さん。佐藤さんとは19世紀のガリチア地方を舞台とした『吸血鬼』という小説についてラウンドテーブルを行ったことがあるのですが、今度は第二次大戦下のハンブルクでジャズにはまる少年たちを描いた最新作『スウィングしなけりゃ意味がない』についてパネル発表する予定になっています(※4)。他には、山尾悠子さんとか。翻訳小説だと、トーマス・ベルンハルト(※5)はもうずっと好きですね。延々否定と呪詛が続くのですが、それがときに滑稽であったり、不思議と突き抜け感があるんです。あと、全部は読めていませんが、ナボコフ(※6)も。

——2018年は博士論文をもとにした専門書を出したいということですが、今度は本格的な学術書になる予定なのでしょうか?
​予定というものはないのですが……本格的な学術書を出したいです。博士論文を書いてからもう10年近く経ってしまいましたので。以前出したのは新書で、一般の方に広く知ってもらい、お安くお買い求めいただけるという点ではすごく良かったのですが、(一般向けの新書のため)詳細な注をつけることが難しかったですし、分かりやすくするために少し単純化した部分もありました。新書は内容をかなり絞って短くした分、次はもう少し私の『源氏物語』研究の全体像が見えるものにしたいですね。私の博論はかなり長くて、体重計で量ると1.6kgくらいありましたから。

——直近の研究論文(※7)では、球体関節人形を参考に、性愛に拒絶的な女性の自己像としての関係を論じています。この研究のきっかけを教えてください。
まず、自分が球体関節人形を好きだということが大きいです。高価なものなので、実物は持ってないんですが、写真集とか買って。2004年に東京都現代美術館で開催された球体関節人形展にも行きました。そうやっていろいろ見ていると、制作者も享受者も女性が多いんですよね。それを一昔前の澁澤龍彦的な男性が蒐集する「純粋な客体としての少女」というモデルで見るのは無理があると思っていました。『夜想』が作った展示室というのがあって、よく球体関節人形の展示をやっているのですが、そこに行ってもいわゆる「ゴスロリ」系の女の子たちが、本当にたくさん来ている。で、「ゴスロリ」系の女の子についてしばしば言われるのが、女性性や性愛の拒絶なんですよね。なのであの論文は、そんなに変わったことを言ったつもりはないんです。

——研究テーマとして、『源氏物語』と絡めて考えようと思ったのはなぜでしょう?
研究テーマとして考え始めたのは博士論文を提出して、『源氏物語』の女三の宮が一段落ついたかなという感じになった頃でした。でも、そのときはまだ『源氏物語』で人形を、と考えてはいませんでした。博論のなかで、“女三の宮は「内面」がないと言われているけどその「内面」観というのがそもそも問題だ”ということを論じたので、「内面」というものを考えるためのひとつのモチーフとして球体関節人形について考える、というロジックだったと思います。というのも、人形というとふつうは内面のないものだと考えられていますが、近年の女性たちの間で愛好されている人形は、むしろ彼女たちの内面を象徴、あるいは表現するものとして機能しているのではないか、ここにはすごく大きな「内面」の読み替えがあるのではないか、と考えたからです。

——「先輩」として、文学の研究者を目指している学生や院生に伝えたいことはありますか。
まだきちんと就職できていない私が何か言っていいのかどうか分からないのですが……一つ言えるのは、私は研究職に就かなくても研究を続けていけさえすればよいと思っていたこともあるのですが、やはり研究を続けるためには研究職に就くのがマストだ、ということです。よほど自身のスペックが高くて、待遇もよく自由もきいて効率よく短時間で稼げる仕事に就けるのでない限り、研究職以外の関係ないお仕事で研究を続けていけるだけの時間とお金を捻出するのは困難です。そもそもなかなか関係のない仕事に雇ってもらえないですし。

——研究を続けるということ自体、困難だということですね。
ただ、研究者は目指すとか、あるいは食べていけなさそうだから辞めるとか、そういうものではないと私は思っているんですよね。私はよく、発表だけして放っておいたネタを論文にすることを「成仏させる」というのですが、成仏させていないネタがある状態で研究を辞めることはできないと思うんです。成仏できないから。だから研究を続けるのは「業」のようなものだと思っています。人によっては「gift」と言うかもしれませんが、私はむしろ「業」ですね。成仏できるか、あるいは何か憑き物が落ちるかしないと、研究を辞めることはできない。だから何か成仏できなさそうな雰囲気を感じたら、覚悟を決めることをお勧めします。なかなか人文系の研究をやっていても食べてはいけないとか、役に立たないとか言われて「身を用なき」もののように感じることもあるかもしれませんが、研究者が研究を続けることは社会的な義務であると私は思っているので、腐らず、自分にできることを続けて行かれたら良いと思います。でもまあ、生きていくのが一番大事です。

——最後に、3年目に入るKUNILABOに一言お願いします。​
大学の危機が叫ばれてから久しく、特に人文系の学問は役に立たないと言われることの多い昨今ですので、市民のみなさんに人文学の意義や面白さを知ってもらうことは大切だと思っています。社会に研究の成果を還元するためにも、市民に開かれたKUNILABOは、とても貴重な場だと思います。私も研究者の一人として、少しでも学問の面白さを知ってもらえるよう、お伝えする力を磨き、いっしょに素敵な場を作っていきたいです。これからもどうぞよろしくお願いします。


西原志保(にしはら しほ)
人間文化研究機構国立国語研究所研究員
専門は『源氏物語』を中心とした日本文学。著書に『『源氏物語』女三の宮の〈内面〉』(新典社新書)、論文に「女三の宮のことば―六条院の空間と時間」(『日本文学』2008年12月)ほか。


注) 
※3  マルグリット・ユルスナール(Marguerite Yourcenar)フランスの作家。女性として初めてフランスアカデミー会員に選ばれる。『ハドリアヌス帝の回想』 『黒の過程』など (1903-1987)。
※4 「佐藤亜紀『スウィングしなけりゃ意味がない』を読む」(第8回世界文学・語圏横断ネットワーク研究集会 2018年3月30日」)https://www.facebook.com/crosslingualnetwork/posts/2055875144428524
※5 トーマス・ベルンハルト(Thomas Bernhard)オーストリアの作家。『理由』『消去』など (1931-1989)。
※6ウラジーミル・ナボコフ(Vladimir Nabokov)ロシア生まれアメリカの作家、詩人。蝶の研究家としても知られる。『セバスチャン・ナイトの真実の 生涯』『ロリータ』など (1899-1977)。
※7「『源氏物語』の人形(にんぎょう)論」(『頸城野郷土資料室学術研究部研究紀要』Vol.2/No.5 2017)​


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