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店長!絵里さん家のシャム猫です。 第2話 ~花言葉~ 


 皆さん、私の事。覚えていてくれて?

 シャム猫の、シャムよ。
 もう、やっぱり、この名前のネーミングセンスは無いわよね。

 まぁ、うちのご主人様の続きのお話、ゆっくり聴いていってくださいな。


「おはようございます」
「あら、絵里さん。今日出る日だった?お休みじゃなかった」

 うちのご主人様は週に5回、電車で3つ先にあるハートフル病院で清掃員をしているの。清掃をやらせたら彼女の右に出る者はいないのよ。

 清掃の仲間は他にも4人いて、かなり広い病院内をすみずみまで綺麗にしているみたい。この辺りの個人病院としては、かなり大きいらしいわよ。

 それにしても。私からしたらご主人様のお仕事って、同じことが毎日続いてるように見えるのだけど。この人は飽きずに続けて、職場の人と仲良くやっているみたい。

 何より、清掃している間、すごく楽しそう。同じことを続けるのが得意なタイプなのね。

え、猫なのに随分と詳しいなって?

 皆さん、ご主人様には内緒よ。
 実はシャム、いつも隠れて電車に一緒に乗ってついて来ているの。

 だって、家にいるのが暇なの!

 私には同じ事が続くだけの日々は無理よ。

 家も病院も駅から5分だし。勤務開始は午前10時だから、朝のラッシュにぶつからずに済むし。

これがもっと早かったらきっと無理ね。意外とアクティブでしょ、猫界でも有名なアクティブ派なの。



「え、絵里さん。また加奈子さんの代わりに出勤したの?それ、絶対に仕事したくないだけよ」

「いやいや、お子さんの学校行事があるみたいで」

「そうなの?そうならいいけど。あの人は信用ならないわよ。それに、無理しないでね」

「うふふ、ありがとう。ただね、木曜日の食堂の日替わりランチが一番美味しい日なんです。確か今日ですよね」

「あ、わかる。あれ美味しいわよね!いつもはお弁当だけど。木曜の日替わりランチの日は食堂行っちゃう」

「そうですよね。お昼が楽しみで、仕事も精が出ます。話しているだけでよだれが出そう」

「本当だわ、楽しみ」

 呑気なおばさんトークね、うちのご主人様は細いけど、隣の方はそれ以上太らない方がよさそうよ。

「それじゃ、そろそろ掃除行きますね」

「はいはい、私は二階からいくわね。絵美さんは一階からお願いね」

「わかりました」

 地味な清掃服だと、うちのご主人様の美人オーラも消せちゃうのよね。あら、薬剤師の麗香ちゃんだわ。ご主人様とよくお話してるのよね。

「あ、麗香ちゃん。お早うございます。今日は白衣じゃないのね」

「絵里さん、おはようございます。私、今日は出勤日じゃないんです。薬剤師の研究会が週末にあって、当日のプレゼンで使う教材を忘れていたので取りに来ました」

「そう、お疲れ様です」

 ここの病院、一階のロビーは全面ガラス張りだから、外からご主人様の姿が見られるのよね。

「あ、掃除のおばちゃん!俺、実は今日で退院なんだ。何か月も入院だったけど、やっと終わるよ」

「あら、そうだったのね。良かったわ」

「うん。大学もどうなるか不安だったんだけど、休学で済むことになったんだ」

「すごい!本当に良かった。最後に会えて嬉しいわ。声をかけてくれてありがとう」

 うちのご主人様、いつも色んな人に挨拶しているのよね。入院患者さんに、通院の人、受付事務員さん、看護師さん薬剤師さんにお医者さん。作業員のおじさんにも。

 ん?あの作業員のおじさん、ご主人様に話しかけようとしている。

 あら、少しためらっているわね。
 お、通り過ぎたと思ったら近づいてきた。

「あ、あの。絵里さんでしたか?いつもお元気なあいさつですね」

「え、はい。私の名前をご存じで?作業員の方ですよね?名前を存じていないもので。すいません」

「あ、いえいえ、他の方と話すことはあまりないので当然です。私は田中です。他の清掃の方ともよくお話をしているんです」

 なんだか、楽しそうにお話しているわね。また変な男じゃないわよね、ご主人様が心配だわ。

「いつもは、裏の方で仕事なんですが。今日は、入り口前の花壇を整える日なんです。それで今日はこの辺に」

「そうなんですか。あの花壇のお花、毎年綺麗ですよね。春になるといつも楽しみにしているんです」

「そうでしたか、嬉しいです」

「お外で作業は大変ですね。風が冷たいので、温かくして風邪をひかないように気をつけてください」

「あ、ありがとうございます。いきなり声をかけてすいませんでした。では、また」

「ええ、また」

 花壇のお花、確かに春になると綺麗なのよね。

 それにしても、同僚の加奈子さんも危険人物リストに入れていたけど、このおじさんもリストに入れようかしら。

 ご主人様を騙すやつは、私が許さないわよ!


 

 季節は花屋の前にも、枯れ葉が舞うほど寒さが浸透していた。

「いらっしゃいませ」

「店長、こんにちは、お久しぶりです」

「あ、絵里さん。お久しぶりです。お元気でしたか」

「はい、お陰様で、寒い季節になりましたけど、元気です。店長もお元気でしたか」

「はい、水仕事もあるのでいつもより厳しいですが、楽しくやってます」

「よかった、それが一番よね」

 彼女は、店内の花に目を通しながら店長のいるレジの近くへ寄って行った。

 店長はいつもの花かな、とお客の心情を察していた。

「絵里さん。今日はかすみ草でしたか」

「そうなの、この花だとうちのシャムが嫌がらないから。いつもと同じ感じでお願いします」

「すぐに、包みますね」

 店長が手際よく花を包んでいる間も、彼女は他の花に目を通し、癒しの時間を味わっていた。

「はい、ご準備出来ました」

「まぁ、いつもありがとございます」

「いいえ、絵里さん。今日のセーターお似合いですね。色白なのでぴったりです。ショートボブの髪型にも合ってます」

「あら、店長に言われると嬉しい。今日からこのセーターはお気に入りに昇格です」

「あははは、絵里さんはいつも楽しそうですね」

「あらぁ、そんなことないのよ。辛いこともたくさん、もしかしたら辛いことの方が多いかもしれない」

 彼女はそう言って少し下を見て、顔を上げ。「なんて、少しはそういう事を言わないと、馬鹿なだけと思われちゃうわよね」と笑顔で答えた。

「そうですか。・・・絵里さん、かすみそうの花言葉を知っていますか」

 絵里は不意打ちの質問にとまどいを感じたが、すぐに問い返した。
「知らないです。なんですか」

 店長は、優しい声でゆっくりと伝えた。

「かすみ草は、清らかな心です。絵里さんにぴったりですね」
 絵里は少し間があって、下を見ると柔らかく微笑んだ。

「清らかな心ですか。素敵ね、知らなかったわ」

「あと、永遠の愛って意味もあるんですよ」

 彼女は笑って自分には関係がないというような表情をした。

「そんなことが起きたらいいですね」

「本当ですね、僕もそう考えてしまいます」

「店長はモテるでしょ。すぐに素敵な人に出会うわよ」

「そうですかね」

 店長は少しはにかみ、頭の後ろをかいた。

「そうですよ。なんだか、花とはぜんぜん関係ない話をしてしまって。長居してごめんなさい。また来ます、ありがとう」

「こちらの方が。またお越しください」

 店長は入口で見送り、彼女とかすみ草へ手を振った。

 店内へもどると、新人アルバイトの伊賀拓海が店長を見てニヤニヤとした表情で花の陳列をしていた。

「拓海君、いつからいたの。出勤したなら挨拶してよ」

 長身で可愛らしい顔をしたさわやか男子だが、ひと癖あるところが彼の個性だった。

「いや、店長っておばさんキラーですね」

 店長は拓海を見て、目を瞬かせた。

「いやいや、純粋にあの方素敵じゃない?見た目も綺麗だけど、にじみ出る人柄とか」

「色気ってことですか。確かに雰囲気柔らかいのに、なんかエロいですよね。可愛らしい顔立ちですけど口元にほくろあるし。てか、だからこそ、僕は話しかけられないですね。店長が羨ましいです」

 面接時に、ひと癖あると本人から聞かされていたが、見た目から感じるさわやか青年ではない事に確信を覚えた。

「いや、色気じゃなく人柄ね。拓海君、思っていたより男の子だね。一回り以上年上の人をそんな風に分析するなんて・・・。あと素直だね、かなり」

「え、俺のこと女みたいな奴だと思ってたってことですか。素直とはよく言われます。特に女子に。あんまりしゃべらない方が良いって、ひどいですよね」

 その通りだ、見た目から想像されるキャラとかけ離れて、よくないギャップがある事を彼はまだ理解しきれていない。

 店長は男側としては、愛らしくなるタイプだと感心した。




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