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山小屋滞在録(15) 〜牛も私も冬仕舞い 編〜
抗がん治療のインターバルのタイミングを計って、主治医と相談し、久々に冬の山小屋を目指した。
冬の滞在としては2年振りとなる。
当初は体調のこともあって、雪や凍結の運転を避け、晩秋の間に冬仕舞いは済ませていたからだ。
ところがこの数ヶ月ずっと体調が安定しているので、思い切って今年は愛車のタイヤをスタッドレスに履き替え、冬の滞在を目指したのだ。
今回は道中の中継地は特に目的を持たずに、往復路それぞれ半分強の地点、行きは『倉敷』帰りは『神戸』とした。
23セット目の抗がん治療を終え、その2日後の師走の1日に東京を出発…
途中休憩に立ち寄ったPAでも、さしたる寒気は感じられず、山々の風景もようやく紅葉が始まった程度で、心配したような冬の厳しさはまだどこにも見当たらなかった。
穏やかな週末であったが、さしたる混雑もなく(途中事故渋滞が少しあった…)午後には無事倉敷・美観地区に隣接するホテルに到着する。
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今回最初の昼食は掛川P.A.の豚焼肉定食。
倉敷を訪れる時には必ず会うトベちゃん夫妻と夕刻合流。
今回はトベちゃんが探し出した美観地区の近く、ちょっとモダンな肉料理と茶そばの店『つるぎ』での夕食を楽しむ。
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全て美味しかった!
このお店、超お勧めです!
食べたいものは忌憚なく店長さんに相談してください。
夢を叶えてくれますよ。
いつも通り、4人でお料理を肴に止めどない会話を楽しみ、夜は早めにホテルに戻り、翌日半路の鋭気を養った。
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そして翌日、ひたすら南阿蘇へ…
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冬にはなっていなかった。
途中少し体調が怪しくなり、九州を前に家内に運転を代わってもらう。
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実は私、抗がん治療以来、味覚が微妙に変わり、苦手だった牡蠣を美味しく感じるようになったのだ。
以前なら絶対食べなかった大粒のカキフライ…美味しかった!
夕刻には無事山小屋に到着。
山小屋は標高700m… だが、覚悟していた寒さも大したことはなくちょっと拍子抜けだ。
山小屋の周囲も、いつもなら冬には枯れ葉で埋め尽くされているのだが、今年は紅葉すら終わっていない。
取り敢えず冬仕舞い以外の予定は何もないので、薪ストーブの調子を確認して、まずはたっぷり休息を取った。
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翌日からはのんびりと山小屋生活…
前回草刈りはしっかりしておいたので、周囲の雑草も問題ない。
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買い出しと氏神である八坂神社へのお参り… 乾いているもの、まだ乾燥していないもの…薪の整理をして、滞在中の燃料の確保だ。
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さほど落ち葉も積もっていない。
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まだ秋という風景だ。
昨年の冬前に煙突の掃除は済ませておいたので(山小屋滞在録11)薪ストーブの調子も絶好調。
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生揚げとキノコの煮物に漬物の山小屋夕食。
ところが、3日目あたりから急激に気温が下がり始めた。
朝起きると外気はマイナスとなる。
朝起きて雨戸を開けると、我が家の庭の前に牧野に放牧された牛たちが沢山屯している。
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大概今頃は牧野に牛たちの姿はない筈だ。
冬の間は牛たちは牧野には餌となる牧草も枯れてしまうので、それぞれ麓の各農家の牛舎に戻され、そこで温かく過ごすのが普通なのだ。
今年はいつまでも冬が訪れなかったせいだろうか。
まだ牧野に結構な数の牛たちが残されている様だ。
「寒いし、お腹空いたし、早くお家に帰りたいなあ〜」と言いたげな牛たちが一番麓に近い我が家の庭先に集まって来ている。
明け方私が雨戸を開けると、一斉に私を恨めしそうに見つめる… が、私にはどうしてあげることも出来ない。
せめて好物でもお裾分けしてあげられれば…とも思うのだが、牛は草以外何が好きなのかも知らないし、第一他人の大切な飼い牛である。
勝手に何かあげて体調でも壊されたら責任問題だ。
「お早う!寒いねえ、早く迎えに来てくれるといいねえ…」と声を掛けてあげる位が精一杯なのである。
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近づいて撫でても逃げない子もいる。
可愛い…
どうおもてなししたら良いのか誰か教えてほしい…
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今回の山小屋滞在は冬仕舞いの為だけだったので、実質滞在期間はおよそ10日間といつもより短い。
特にこれといったイベントの予定もないし、概ねのんびりするつもりでいた。
それでも、それはそれでたまに熊本にやってくる我々なので、色々お誘いもある。熊本市内の家内の実家に年老いた義母のお伺いもしないわけにはいかない。
なので、のんびりの合間に結構あちこち出掛けた。
久々に家内が高校の頃の同級生と熊本市内で昼食会をするというので、私は家内の実家へ…
久々に義母と沢山話して(同じ話の繰り返しだったが…)、そのまま2人実家に泊めてもらった。
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我々が山に滞在するといつも訪ねてくる吉井氏は近辺に用事があるというので、高千穂ドライブに連れて行ってくれた。
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さらに後日、吉井氏が鰻を食べたいと言うので、古くから天然鰻の名産地人吉の老舗『うえむら』を一緒に目指す。
人吉は鹿児島県との県境、結構な距離があるので高速を使い、山岳地帯を抜ける…
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丁度昼前に到着したものの…なんと不定休日のはずの『うえむら』は休店!
で、二番人気の『松田』で、3人うなぎに舌鼓を打った。
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鰻の味付けも焼き方も関東とは全然違う。
肉厚の歯応え、ほんのり甘い味付けで、なかなか美味しかった。
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こちらでは鰻重は『わかれ』になっている。
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その後、五木村をぐるっと遠回りしながら山小屋に帰る。
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さらに家内は阿蘇へのドライブが大好きだった義母(もちろん90歳を超えた今は運転はできない)を迎えに行って山小屋に連れてくる。
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そしてその帰り道…以前は義母とも付き合いの深かった陶芸家が暮らす御船・田代の山の中『ヒグラシ窯』を久々に訪れる。
我々もコロナ以来会っていない。
ご主人の陶芸家渡辺さん(通称ナベさん)は陶芸家だけあって、山暮らしのプロ。私とほぼ同世代で、東京で個展を開催する際にはよく会っていた。
窯とアトリエの横の古民家には作品の展示室を兼ねたカフェ+石窯ピザの店を持ち息子さんご夫婦に経営させている。
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ところが、久々に訪れてみてビックリ!
隣にあったはずの原生林がなくなり、広いキャンプ場となっていたのだ!
熊本地震で被災した折に隣の広い森林を買い取り、コロナの期間数年を掛けて、自らユンボを操縦し原生林を切り開いてテント用のキャンプ場を切り開いたのだそうだ。
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この『ヒグラシの森』と名付けたキャンプ場、板敷のフラットなテント設置場所それぞれに焚き火場所、さらに電気・水道が完備されており、別棟でナベさん手作りのトイレ(ウォシュレット付き)とシャワールームまで完備されている。
僻地ロケを体験している私としては、『一体これのどこがキャンプなんだ?...』とも思うが、グランピングブームの昨今、キャンプ客はこういうところを求めているらしい。
そう言われてみると…なるほど、これなら気楽に短期間で、個人でも家族でもキャンプを楽しむことができる。
1区画利用で一泊7,000円…貸しテントもある。
ホテルを利用するよりずっと安く楽しく滞在することができる。
どうだろう… 阿蘇の外輪山のキャンプ場…私は一度泊まってみたいと思った。
滞在中は合間合間に薪の整理などしている間に、あっという間に山小屋滞在最終日となってしまった。
それでも、いつものようにささやかな心に残る『美味しい』も数々経験できた。
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これで大体1日分…
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牛たちも日に日に麓の牛舎に移され、我が家に隣接する牧野にも牛の姿はどんどんその数を減らしていった。
次回用に薪の整理も終えたし、さてさて、肝心の冬仕舞いだ。
使用した工具は全てメンテを施しておく。
山小屋の水道の元栓を閉め、凍結しそうな蛇口は開いておく。
新しいポンプの電源を落とし、ポンプ内の水を抜く。
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さらに家の外に設置されている湯沸かし器のフィルター周囲の水を抜き、家の中の電源はそのままにしておく。
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あとは小動物が入り込まないように戸締まりすれば、一応冬への準備はこれでおしまい。
最終日の午後、我々は今年最後の山小屋を後にして、まずは市内の家内の実家に向かう。
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義母や義弟一家と夕食を摂り、一泊させて貰い、翌朝諸々年内最後の挨拶をして熊本を後にする。
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まずは一路中継地点の神戸へ…
どうやら寒波がやって来ているそうで、途中雨や雪の心配もありそうだ。
午前中天気が良いうちになんとか九州を抜け、山口県に入ったところの王司P.A.で昼食。
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大量の大粒アサリとアジフライ…
ここの山のようにふくふくのアサリが入った『貝汁定食』…これは物凄く美味かった!
午後からは高速道路も少し雨がちとなり、途中休憩のP.A.もどんどん冷え込んでくる。
夜…神戸に到着し、無事ホテルにチェックイン…
ホテルの近くに『ジ・アレイ』を見付け、台湾そばと温かいお茶で夕食を済ませ、早々に身体を休めた。
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そして翌朝、阿蘇で手に入れてきた地元の日本酒『れいざん』の新酒と五木村の『山うに豆腐』を手土産に六甲の川崎家の菩提寺『徳光院』に立ち寄り、和尚に暮れの挨拶…
六甲の山はようやく訪れた冬の冷たい陽光に最後の紅葉を煌めかせていた…
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早々に東京に向かう。
道中、天候は怪しくなり、雪まじりの雨とも何度も遭遇。
ただし、午後静岡で家内に運転を代わって貰うと、にわかに青空が…そして雄大な富士山がその姿を現してくれた!
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御殿場以降は事故渋滞に巻き込まれたものの、何とかギリギリで迂回して切り抜け、夕食前には無事仮住まいのマンションに到着できたのだった。
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こうして2024年の冬仕舞いの旅を何とか終えることが出来た。
牧野の牛達も今頃は麓の温かい牛舎でひと心地ついていることだろう…
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