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【#一日一題 木曜更新】健やかな大人。それは同窓会幹事
山陽新聞の「一日一題」が大好きな岡山在住の人間が、勝手に自分の「一日一題」を新聞と同様800字程度で書き、週に1度木曜日に更新します。
「今年は誰も死んでなかったぞ」
同窓会から帰った父が楽しそうにこう言っていた。父の母校は、毎年正月の同時刻・同会場で同窓会を開催する。もう何十年も続いている伝統の季節行事らしい。父のシュールな報告にドキッとするが、齢八十ともなると全員が生き延びた一年が尊いものなのであろう。
地方の超進学校で、誰もが知る人物の名もちらほら聞いた。同期の花ともいえる彼らが同窓会に参加すると、やはり場が盛り上がるらしい。しかし、憎まれっ子だろうと人徳者だろうと老いは平等にやってくる。70歳を超えたあたりから、一人減り、二人減りで正月の同窓会で誰々が昨年死んだと報告を受けるようになったという。
私はというと五十歳も近いが同窓会にまったく縁のない人生。父を見て年を重ねてからのこういう習慣はちょっとうらやましいぞなんて考えていた。小中高、どこをとっても親密な友人は残っておらず、ましてや同窓会の開催など風のうわさほども流れてこず、「同級生」という人物に全く会っていないため、中学時代の友人を思い浮かべて「そうか!○○ちゃんも○○くんも五十歳なんだ!」と、不思議な感覚になることもしばしば。青少年期の友人たちが、ファンタジーめいて子ども年齢のままでストップしているのである。
そんな私の、新年早々のホットトピック。
疎遠になっていた友人からメッセンジャー経由で中学校同窓会の連絡が来た。聞けば十四年前に一度開催されていたらしく、「次の会は五十歳の時に」と約束をしていたという。父の同窓会話を聞いた直後でそのタイムリーさに楽しくなり、私はグループLINEに参加した。幹事は、「吾輩は猫が飼えない」の「父と犬畜生」に出てくる向かいの家のHちゃんだった。彼女とはとくに親しくはなかったのだが、高校生の時に一度だけカラオケに行ったことがある。Hちゃんの歌ウマクソデカボイスに感化されて、カラオケに慣れていない私が気持ち良く歌えたのを覚えている。
ここでわかったのは、中高生時代の陽キャは大人になってからも陽キャであるということ。LINE上におけるHちゃんの明るい幹事感、健やか感。同窓会をしよう!同窓会に行きたい!ましてや幹事をやります!という大人は、どう考えても精神が健やかだ。驚くことに当時の先生にも幾人か連絡が取れているという。中学校の先生と五十歳になった今もホットライン開通しているなんて、一体どういう人生を送ったらそんな事態になるんだろう。私といえば、グループLINE上にアップされた十四年前の同窓会の写真を見て、「こいつが来るなら無理無理の無理では」とか「卒業以来会っていないこのひとたちと一体何を話したらいいんだろう」とか小さいことばかりを考えている状態である。
「今年は誰も死んでなかったぞ」
この尊い境地へたどり着くには、まだまだ修業が足りない。ハナクソみたいなしがらみを捨てて故郷を慈しめるようになるのが、今年五十歳になる私の課題である。
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