ダージリン急行 (映画感想文)
列車に飛び乗った経験はありますか?
間に合ったときの安堵感。全力疾走で間に合わなかったときの絶望感。双方を行き来しながら揺れるような作品を観ました。
2008年劇場公開
ウェス・アンダーソン監督
【ダージリン急行】
さあ、いざ出発!
以下、ネタバレを含みますのでご注意を!
はて、いったい何を観ていたのかと頭の中が一旦真っ白になる作品がある。ゆっくりと自分の脳内に刻まれた断片を拾い集めて感想文を書く。監督のレンズと自分のレンズ。一体化するくらいの没入感を味わえる醍醐味と、どういうわけだか味わい深く面白いものは比べようもない。今作は後者だった。
ダージリン急行は、一見すると遠くの物語におもえる。やたらと多いトランクは亡くなった父の荷物。死者は持ち運べないけど、物は持ち運べる。11個のトランクを抱え三兄弟は旅に出た。(このトランクがとってもお洒落)
狭い車内、三人もいると喧嘩が始まる。父のサングラスをかけている二男ピーターに、父の物はみんなの物だと叱責する長男フランシス。髭剃りをしていても小言をいう。いい大人だけど、たがいにチクりあったりするのもあるあるだろう。なんとか目的を果たしたいフランシスは事あるごとに協定を増やしていく始末。仲良くなれない三人。
事故で死にかけたフランシスはこの旅を計画的に進めたいし、ピーターは強引な兄や妊娠中の妻との生活に嫌気がさしている。三男のジャックは私生活をネタにした短編を兄に読んでもらったり、別れた彼女が忘れられない反面、列車内の売り子リタに誘いを掛ける。てんでばらばらだけど家族ってこんなものかもしれない。
食堂車のシーンでも、フランシスが有無を言わせず弟たちの分までオーダーをする。兄の行き過ぎた振る舞いにふたりはうんざり。
所々で、列車を降り寺院や神様にお参りする場面がある。フランシスは儀式のためのルールを事前に渡していたがピーターもジャックも読んではいない。フランシスはこどもに靴磨きをしてもらうつもりが高価な靴を盗まれたり、面白半分で毒蛇を買い箱にいれて持ち込んだら、その毒蛇が列車内で逃げ出したりと、散々な様子に笑ってしまう。とうとう車掌から下車を命じられ、三人は車外に放り出される。
もうひとつの旅の目的は、ヒマラヤの修道院にいる母へ会いに行くためでもあった。亡くなった父の葬儀に来なかった母、勝手に出家した母。真意を尋ねたい気持ちは理解できる。母となんとか連絡をとりつつも、予想に反して来年の春頃に来てほしいと返事がきた。人喰いトラの出没が理由だった。まったくもって半信半疑であるが、どうやらこれは真実であることが判明する。
やっと母親と会えて喜び合う家族の図に、ほんのいっとき安堵した。親子の会話は尽きないが、その続きはまた明日と告げ、灯りを消す母親。翌朝、三人それぞれの好物を用意して修道院から失踪する。以前から、たまに居なくなると聞いても三人は驚いていない様子だった。
いろんな経緯はほぼ描かれないし、セリフの端々から勝手に想像するのだけど、その塩梅が絶妙で、しかも予想外だったりで最高なのだ。
トランク11個を携え見知らぬ土地を彷徨っていると、流れのはやい川をロープで渡ろうとする危なっかしい三人の少年が目に入る。案の定、ロープがゆるみ流されるの見るや否やトランクを投げ出し川へ入る三兄弟。いったいどうなるのか。
人間の本質的な部分とインドのカオスを感じる土着的な要素が融合する作品はいろいろあるだろう。この作品には、自分探しや宗教的な匂いが少なめであるのが自分好みだった。父がいなくなり、死に目にあったフランシスが生きているうちに家族へ会いに行く旅でもある。いつ見るかで感想は変わるし、それは自分が変わり続けている証拠かもしれない。
もっといろいろツッコミどころ満載だし、気になる方にはおすすめしたい。
もしもDVDでの鑑賞がかなうなら、特典の「ダージリン急行 舞台裏ツアー」の美術のこだわり具合と、三男ジャックの着ていたバスローブの謎が解ける「シュバリエ・ホテル」もどうぞおたのしみに!元カノに驚きます。
きっかけとなった「グランド・ブタベスト・ホテル」があまりにも素敵な物語だったので、いまさらですが、ウェス・アンダーソンを追いかけてみたいと思います。