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誰よりも誰よりも誰よりも「人」に成ったメルエム
黒の背景に、ぽつりぽつりとしたセリフ。
その1つ1つに特別な言葉があるわけではない。
だけど、目が離せない。
1つまた1つと読むたびに景色が歪む。
湧き出る感情に名前がつけられない。
ページをめくれない。この先が見たくない。
だけど...。
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HUNTER×HUNTER30巻(冨樫義博)
HUNTER×HUNTER【キメラアント編】、人の浅ましさと素晴らしさを人非ざるものを人と成すことによって心にぶっ刺してきた。
人非ざる王、メルエム
キメラアントの女王は、多種族を食べることでその特徴を次世代に伝えることができます(摂食交配。詳しくはこちら)。
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その最高傑作、人非ざる王、メルエム。
キメラアントという種全体の本能に基づく悲願。このメルエムを生み出すためだけに進化し、惜しみない奉仕の上生まれた王。
さらにそのメルエム自体の念能力は、「食べる程 強くなる」(特質系)。
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この星における生命の頂点という自負と、それに見合う力。
メルエムから人という種を見た際、食材としての家畜、管理の手間が少ない生き物以上の感想は出てこなかった。
そう、コムギに出会うまでは。
劣る種、コムギ
目の見えない少女、コムギ。
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軍議という将棋にも似た盤上競技。東ゴルトー発祥で、その国民ほぼ全員が打てる。その国内チャンピオンかつ世界大会のチャンピオン、未だ無敗の5連覇中。つまり、コムギは世界で一番軍議が強い人間。
軍議を通した、メルエムとコムギの交流。
「困惑」
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「移入」
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「尊厳」
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「醜怪」
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「矜持」
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これらのシーンを解説することほど野暮なことはないのですが、メルエムが人という種に興味を持ち、自分自身、頭では理解せずとも「人」への理解を変えてきている。いや、「人」「蟻」のように区別すること自体も無意識のうちに否定し、個としての「コムギ」ただその一存在のみ自分にとって特別で、代えがなく、大切なのだとわかってきているのかもしれません。尊い。
蟻と人の間
コムギという存在を誰よりも認めたメルエム。
ただそれ故に、自らの行いを悔いる。
「暴力こそ この世で最も強い能力!!」
など強がってみるものの、すでにこの時点で自分の発言の違和感に、本当はそんな風に思っていない自分に出会い、驚いている。
カラスに傷つけられそれを黙って耐えていたコムギを自分のこと以上に大切にするさまから、さらにメルエムの葛藤は加速する。
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「自分は何者か?」
「自分はなんのために生まれてきたのか?」
この星の頂点としての生まれたメルエム。
自我。意義。退屈。躊躇。敬意。慈愛。大義。存在。極地。悪意。地獄。
その後、人といふものどもから多くの感情をもらったメルエムが最後に求めたのは
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HUNTER×HUNTER30巻(冨樫義博)
人の美醜
●ディーゴ総帥
人の醜さの代表のように扱われていた東ゴルトーのトップ、ディーゴ総帥。愚かゆえ、あっさりと無残に殺された。
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と、見せかけて、誰よりも「命」を満たしていた。
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さあ
乾杯しやう
乾杯しやうぢゃないか
人といふものどもに
善人も悪人も
いつの世も
人はくり返す
膿むには余りに長く
学ぶには余りに短い
時の螺旋状
だからこそ好く欲し
好く発するのだろう?
命など
陽と地と詩とで満たされるほどのものなのに
●ネテロ会長
人の最後の砦、会長が勝てなかったら人間界は終わる、そんな期待を背負ったネテロ会長。
感謝の正拳突き、音を置き去りにした。まさに人間という個の極地。
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しかしそこのネテロ会長の行動原理は、ハンター協会の会長として、より人間界における権力を持った存在にコントロールされた悲しきもの。
ぼく個人として一番見たくなかったともいえる、卓越した個の集団に屈する様。もちろんそこだけではないとは思うが、奔放な時代のネテロなら、これとは違う結末もあったのではないか、集団にお伺いを立てなければならなくなった悲しさやるせなさが...。
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●コムギ
軍議の世界チャンピオン。おそらく多くの人に天才と称されてきただろう。
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しかしその一方で「アカズ」。12人家族で、軍議に一度でも負けたらゴミと言われ育ち、それを当然のこととして受け入れている。
「機能」という観点でみると、コムギは軍議以外の価値はない。それゆえ、その機能を失った場合には、ゴミであると言われる(し、自分自身もそのように感じてる)。
はじめこそ、メルエムもコムギを「機能」で見ていた。そうすると当たり前だが自分よりも遥かに劣る種族の、更にその中でも劣等種であるコムギへの興味は軍議の強さのみにある。そうメルエム自身も思っていた。だけど、それだけだと説明のつかない多くの行動に戸惑う。
きっかけこそ軍議であったかもしれないが、コムギの全体を、個として受け入れた初めての存在がメルエムなのかもしれない。
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こんなに素敵なことがいくつも起きていいんでしょうか…?
「余の名はメルエムだ」
「メル…エム様」
「ワダすの名前はコムギです!!」
「どうぞよろすくお願いいたすます!!」
「……知っておるわ」
「…いや」
「?メルエム様……?」
「様はいらぬ」
「は?」
「二度言わすな!!様はいらぬ!!」
メルエム可愛い...。
あ、いや、この星における生命の頂点、精神的な成熟性、それらすべてわかった上で、メルエムとコムギとのやり取りは微笑ましい。まるで強気な男の子と、それらすべてを受け入れてくれる女の子との普通の恋の始まりを見ているかのよう。
幸せを受け入れられないコムギ。
わがままであることを認めるメルエム。
受け入れられるはずがない。だけど、受け入れてほしい。
葛藤。
それが故に、正直に吐露するメルエム。
自分はもう長くない。
相手を見えない。見ることができない。
視線は盤の上。
コムギからの応え。
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誰よりも誰よりも誰よりも「人」に成ったメルエム。
いや、「人」とか「蟻」とか誰かが決めたカテゴリーなんて何の意味もなく、今ここで、この瞬間にメルエムは自分がほんとうの意味ですべてを持っていたことを思い出し、そのすべてを感じられていることを喜び、何も失うことがないことを実感し、死に向かっていった。
ここで冒頭のセリフ
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メルエムとコムギの関係を見てきたぼくらは、このセリフに何を感じるのだろうか?
・・・・ぜひ本当のラストをマンガで。
後記
僕がHUNTER×HUNTERを薦めるときの言葉は決まっていて、それは
「読めばわかる」
です。
これ以上適切な言葉はなく、またそれ以外は余計な言葉だと誰よりもわかっています。今回それを超えて、少し作品の魅力紹介をしたことでストレスがやばかった。自分の言葉1つとっても、ハンタの表現や伝えたいことに不純物を入れてしまってる。そうじゃない、そうじゃないんだ、と思いつつも今の僕ができる限度での表現にハンタの世界を小さく閉じ込めてしまっていて、本当に悔しい。なぜ、ぼくは、こんなに伝える力がないんだ...。
ただこんな僕の文章を読んで1人でもハンタを読んでくれるのであれば、この僕の愚行にも意味があったんじゃないか、そんな風に思うことができるかもしれません。人には好みがあって、好きでもないものを強制的に読まされることのストレス、ぼくにもすごく覚えがあります。だけど1つくらい許してほしい。
HUNTER×HUNTERをぜひ一度。
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