【活動録】第29回カムクワット読書会
こんにちは。今回は池谷和浩さんの『フルトラッキング・プリンセサイザ』を課題作品に、横浜駅某カフェにて開催しました。
参加者は初参加の1名でした。
最新の技術とともに描かれる人間
VRワールド
メタバースと呼ばれる世界はいくつも存在する。VRChatやクラスターなどが有名で、アバターをまとってその世界に没入することができる。
世界への入り方はメタクエストのようなヘッドセットなどを用いた全身で没入する方法のほかに、パソコン等を用いてアバターを操作する方法もあるが、最新技術として想像されるのは前者だろう。
本作の主人公・うつヰがつくるプリンセサイザも前者である。京王線の駅名を冠したワールドをデザインし、それぞれを接続させる。
現実では物忘れがはげしく、イベントステージの設営等の仕事をしている。
世界の創造者でありプリンセスたちの従者である彼女と、仕事に追われてお酒をあおる彼女は同一人物であり、現実で男性と身体を重ねる彼女とプリンセサイザでプリンセスと身体を重ねる彼女は同一人物である。
本作の面白いところは、プリンセサイザで描かれるメタバースがリアル寄りである点だ。空を飛ぶことも、瞬間移動も可能な世界があるなかで、プリンセサイザでは徒歩で移動している点などは、その世界がひとつのリアルとして考えられているのかもしれない。
3Dプリンタ
表題作の前日譚である「チェンジインボイス」は、動画編集ではじめて請求書を出してお金をもらう経験と、友人のMV撮影と称して、その身体に視線を注ぐさまが描かれている。
彼女たちが通う学校では、3Dプリンタが導入されており、その稼働音が背景音として記憶を喚起する装置として機能している。
画像生成AI
表題作の後日譚である「メンブレン・プロンプタ」は、生成AIやAIを用いたネット販売などが描かれる。
プリンセサイザで出会った三人が、とある仕事で初対面した表題作のラストに衝撃の出来事があり、そのうちのひとりが元の仕事ができない状態になってしまう。
そこで新しいデザインの技術として生成AIに呪文を打ち込むことで、絵画を生み出す。頭のなかで思い描いたものを手で表する絵画と、呪文を打ち込んで生成される絵画は、どちらも想像通りのデザインにすることは困難だろうが、理想的な作品を生み出すにはどちらがよいのだろうか。
技術はどこまで身体を拡張可能か
本作で取り上げられた技術以外にも、日々新たな技術が登場している。それに対して「人間の仕事が奪われる」と騒がれるが、著者の視点はそこにはないように感じる。
物語に登場する技術は、その時点で彼女たちに必要なものであり、それがいわば手足のように活躍する。
義足の選手が幅跳びで世界新記録を更新したように、イラストを描けない人が美麗なイラストを作成し、海外旅行でその国の言語を知らなくても翻訳機があればコミュニケーションをとれる。
しかし、それらを用いるのは人間だ。どれだけ優れた技術も、それを必要とする人間がいなければ無用の長物と化す。
だからこそ、技術と人間を接続することを描いている。そのように感じた。
次回以降の予定
第30回 カムクワット読書会
次回は8月24日(土)に芥川賞候補作品の坂崎かおる『海岸通り』を課題作品に行います。
第31回 カムクワット読書会
9月28日(土)開催。空木春宵の第二作品集『感傷ファンタスマゴリィ』が課題作品です。
今後は開催日を第四土曜日に固定したいと考えております。
じっくり読む・書く文学部
現在、3名で活動中。「書く」は2か月ほどのスパンで執筆し、ネットプリントにて公開予定です。公開した際は、ご一読いただけると幸いです。
さいごに
上記の文学部活動にて、スライド等を作成時にわき見読書がはかどる日々を過ごしています。
猛暑が続きますが、体調を崩さないように気をつけましょう。
引き続き、カムクワット読書会をよろしくお願いいたします。