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義父と実母

去年の今頃は、夫と二人で群馬の家に10日間ほど泊まり込み、壁にペンキを塗ったり、床を剥がして補修してクロスを貼ったり、家具を塗り替えたり、大変だけど楽しく過ごしていた。

家に帰ってしばらくして、春頃に義父の癌が発覚した。それとほぼ同時に、もともと足が悪かった私の実家の母親が、背骨の粉砕骨折から腰を悪くして、やがて完全に自力では立てなくなってしまった。

2024年の夏から秋にかけて義父は化学治療のため(手術はできない状態)、入退院を繰り返し、その間私は義両親のサポートに時間を取られるようになり、義父のお店の番に入る事も増え、その合間に実家に通うようになった。

もともと義母とはあまり良い関係とは言えなかった(笑)ので、結局それが一番精神的に辛かったのだと思う。私はすっかりまいってしまい、身体的症状にまで現れたりしていた。
義父は私にすごく気を使う人なので、本当は辛いのだろうけどそれを見せない。
しかし義母は違う。


今、2025年のお正月。

義父は来週からまた病院通いが始まる。そこは車で1時間ほど離れた街にある専門病院だ。一昨年までは、いつも義父がおせちを作り、みんなでそれをいただくのが恒例であったのに、義父はもう固形物を食べられなくなってしまったので料理も殆どしていない。

今日は実家に行った。私は車の運転免許を持っていないので、お正月休み中の長男に運転してもらった。
なんとなく、実母と過ごせるお正月はこれで最後のような気がして、群馬の家の補修には夫一人で行ってもらっている。夫は義父を病院に連れて行く日の前日に戻る予定だ。

実母はすっかり弱々しく小さな老婆のようになって、寝たきりのベッドから私に終活の指示を出してくる。あのタンスからこの書類を探せとか、シュレッダーにかけろとか、これをあっちにしまえとか。そして自分が死んだ後のことを色々私に言ってるようだけど、実際には何を言ってるのか半分ほどしかわからない。

「昨日はこのまま寝たら死ぬんだろうと思って眠れなかったよ」と言う。

私が「また来るね、今度は4日後に電車で一人で来るね」と言うと、母は分かったと頷く。今までは「インフルエンザが流行っているから電車に乗ってまで来なくて良い」と強く言っていたのに。終活を急いで進めないともうあまり時間が無いから、と、要約するとそんな風なことを話している。

父ももう疲れている。車でどこへでも出かけていた父が、母を置いては30分から、長くても1時間程度の買い物ぐらいにしか外に出られなくなり、さらに3日後に運転免許を返納することが決まっている。視力の低下があり、運転はもう止めるようにと眼科で指導されたからだ。父は最近、二言目には「どこにも行かれへんねん」と言う。
帰り際、母の面倒を一人で見るのはもうしんどい、と笑顔で小さく呟いた。



そういうわけで、私は去年から自分の本当にやりたいことを思うようにできずにいる。去年の今頃は、これからやっと、夫婦でそれぞれ自分の事ができるようになるんだと思っていたのに、その矢先のW介護時代の幕開けであったのだ。そりゃいつかは来ることだと知ってはいたけれど、まさかこんなに早くいっぺんにとは思っていなかった。
義母からは、染織のような趣味なんかやめて、そろそろいい加減自分の代わりに店に入って切り盛りして欲しいと言われている。でないと孫(私の長男)が一人で可哀想じゃないか、と長男を盾にされている。
義母が間違ってるとかそういう次元の話ではないけど、実母よりずっと歳が若い義母が、もし次に会った時、どれだけもう自分がよぼよぼで老い先が短いか、をまた切々と語りだしたら私は実母を思い出してまた心が切られる気がするので正直、会う気がしない(まあ正月休みが終われば会うんだけど)。(重ねて言うけどほんとは義母と私たち夫婦はもともと良い関係ではなかった、義父のおかげで保たれていた)

私の両親は私を染織科に通わせてくれた。私が好きな事を続けられることを望んでいた。でも義母は私にも親がいることを時々忘れるみたいだ。義父は夫に絵画を学ばせ画家になることを許したが、義母は時々それを忘れて、いつまでも遊んでないで、全部捨てて早くマトモな親孝行をして欲しいと思ってしまうようだ。
そう考えるのは義母の年代からいって仕方ない事でもある。でも、義母自身は親または義親の介護経験、無いんだけどね。

さて少し前に、鬱鬱としていた私がやっと思い立って草木染めを一度だけやる気力がおこったのだけど、その時蝋梅の花がついた枝を煮出す香りを嗅いで、私は不覚にも泣きそうになってしまった。鉄面皮なので実際には泣きはしないけど、ぶわあ、と蒸気とともに感情まで蒸し返されたような気がした。長いことこれがしたかったんだ、と思った。そしてまた、できない理由を探して並べ立てるのではなく、どうすればできるようになるのかを考えよう、と思った。

/ヘッダーの画像は蝋梅で染めた麻糸

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