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ヒーローにヒロイン


 気にしたって無駄なことが、世の中には腐るほどあるっていうこと、分かりきっている筈なのに、私は馬鹿みたいに気にしてしまう。人の感情、言葉、笑い方、目の奥にある真意。
 探ろうとして考え込んで、気が付いたら、いつの間にかみんなの輪の中から外れていく。
 待って、まって置いていかないで。手を伸ばしながら懸命に走り続けていっても、どんどんと距離ばかりができていった。
 みんなの背中が、肉眼では見えなくなった頃、心にはぽっかりと大きな穴が空いたまんま。塞ぎ方もよく知らないから、一人で生き抜く強さと術だけを知り得て、大人になっちゃった。

「あなたもきっと同じなんだろうね。」

 私の隣で眠る彼の、頬に、手を添えて、不穏な言葉を吐き捨てる。きっとネットでは私みたいな存在はメンヘラだと言って嘲笑されるんだ。
 抱き締められてキスをされると、愛されていることをなんとなく実感出来た。一人じゃないよ、彼が笑顔で言うたびに、本当にと疑問符をつけて問いかける私は、なんて卑劣で哀れなのだろうか。本心に泥を塗るような真似をしても、彼は私を捨てたりなんかしなかった。今日もほら、夜の空に月が浮かんで、それでも、彼は此処に居てくれた。

「俺は残念だけど違うよ。」

 眠っていたと思っていたから、驚いてしまった。瞳が自然と見開かれていく様を見て彼は至極楽しげに微笑んだ。

「俺は、君が思い描くようなほど、冷たい人間にはなれない。」

 彼が私のほっぺたに触れた。じんわりと滲むぬくもりに、鼻の奥がツンとした。眦に、涙の粒が浮かび上がって、はらりと落ちた。

「…っ。」

 そうやって簡単に私の考えを見抜いて、優しさ溢れる言葉にして平然と助け去る。その逞しさが、光のように思えた。彼が何度もなんども掬い上げてくれる度に、心は信じることを望んで、叫んでいた。

「ヒーローみたい。」

 ポツリと呟くと、彼はじゃあ君は少女漫画のヒロインみたいだねと返される。
 そうして間もないうちに、ギシリとベッドのスプリングが軋んだ。彼が身体を起こして、私に馬乗りになった。唇を噛み締めて、見上げる。瞳を狭めて、口の端を持ち上げた彼に、恐怖に似た期待が沸き上がった。
 そうっと両の手を伸ばし、彼に笑顔を贈った。私に出来ることなんて、たったのこれだけだった。彼にあげられる富や地位なんて無かった。

「ごめんね、こんな私で。」

 疲れ果てた私が辿り着いた、彼という羽を休められる居場所。時を追うごとに、人との関係性を上手く構築出来なくなっていった。逃げてにげて、にげて、向き合っては失うばかりだった。大切にしようと思えばおもうほど、やり方を間違えて後悔してしまう。そんな愚かしい私でも彼は見捨てずに、大丈夫だと言ってくれた。
 依存に程近く、それでも、彼は私を適切に扱うばかりだった。

「こんな私だなんて悲しいこと言うなよ。」
「じゃあなんて言えばいいの?私には全然思いつかないよ。」
「さあ。まだ教えてあげないよ。」

 ゆっくりと彼の香りが強くなって、私は目を閉じた。唇に触れた、たしかな熱に、愛されるという歓びを知る。心臓がどくんどくんと大きく脈を打った。夜に溶けていく、私の虚無と、途方もないほど綺麗な彼の、あいじょう。



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