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生老病死がやってきたヤアヤアヤア

生きて老いて病んで死ぬ。
当たり前に生きていたけど、近頃特にこの
「老いて病んで死ぬ」がひたひたと迫ってくる気配が強い。

昨年末母が入院した。
出先で心臓がバクバクして気分が悪くなり、かかりつけ医から心臓外科を紹介され手術を勧められた。
85歳にしては元気だからやりましょう、と。
心臓アブレーション手術というのをやるらしい。
最近は術式も進化していて、小さい傷口から血管カテーテルを入れて簡単にできるのだそうだ。
とはいえ85歳、出産のほか入院も手術もしたことのない人だ。
すっかりしょんぼりして
「この指輪はおかあちゃんからもらったものだからあなたにあげるわ」
などと形見分けをしだした。
そんなの、退院してからにしなよ、と笑って誤魔化したが
お別れというのは必ずやってくるんだな。
当たり前なんだけど、そんなこと、あんまり考えてなかった。

ずっと前、先輩のお母様が入院し、手術中に帰らぬ人となった。
もっと元気に歩くための股関節の手術だったのに、
麻酔から覚めることがなかったそうだ。
そんなことってある?
お葬式に伺ったが「なんで?」が消えなかった。

という例もあるから、もしかして、という冷んやりした気持ちだった。
もしかして、があったらいけないので一切予定も入れずに待機した。
本人には悟らせないよう
「外科医にとっては絆創膏貼るくらいの簡単な手術だからさ!」
と笑って手術室に向かう背中を見送った。

手術は大成功で、とはいえもう片方の左心房に不安があると言われつつ、無事退院できたのだった。まあ、よかった。

実はその一ヶ月ほど前、大家さんが亡くなっていた。
ある晩、店の前に消防車が5台もやってきて騒然となった。
びっくりして店を出てみると、上階に住む大家さんと連絡が取れず、ドアもチェーンがかかって入れないという。
近所中が心配して見守っていたが、いつまで経っても静かなので、寝てたかなんかじゃない?などと帰宅した。

結果、お風呂で亡くなられていた、と翌日聞いた。

めっちゃ元気な姿をいつも見ていた。
前の晩は寄り合いでご機嫌に飲んでいたそうだ。まさかまさか。

母と同年代。
人のお別れというのは、なんとあっけないものか。

そしてこの正月、元旦から能登半島で大地震。
お屠蘇気分をぶっ飛ばす、「津波!逃げろ!」のアナウンス
新年を喜び家族で楽しく過ごしていた人々が・・・・
そんなことってある?

翌日、滑走路で爆発、旅客機は奇跡的にみんな無事だったけど
物資を運ぼうとした自衛隊の方々の訃報を知る。

突然、命が、なくなる、消える、断たれる
それって一体なんなんだろう

釈然としないまま日常が動き出し、茶の湯の初稽古へ。
なぜか床に観音様の軸が
K先生が、急に亡くなられた、お風呂で
と。
お茶とう お茶をお供えして、一同涙が止まらず。

昨年末、「ではまた来年ね」とご挨拶したのに。
お元気だったのに。

今まで、いやあ年取ったよね、老けたよね、なんて
冗談のように自虐的に笑ってたけど
自分の親世代の先輩たちが、だんだん、つぎつぎと
あの世に行かれはじめて
死がすぐ後ろに立っていると気が付く。

こればっかりは歳の順というわけでもないんだが
それでも、見送ることが増えていくのだろう。

コロナ禍で、葬式が実質クローズドになり、ぜんぜん参列できなかったけど、知ってる方がたくさん亡くなった。
若い方も、自分とそう歳が違わない方も、訃報を聞いた。
訃報を聞いただけで実感がなく、
まだいるような気もするが、もういないのだ。

こればっかりは歳の順というわけでもないんだな。

自分の番はいつだろう。
52歳、あと30年後?冗談抜きで明日かもしれない。
ほんとにこればっかりは思うようにはいかない。

正月に帰省してきた息子が、成人式を迎えた。
はじめて仕立てたスーツを着て、同級生たちとの同窓会に行き、
進路の別れたあの子やこの子と写真を撮って帰ってきた。
みんな晴れ着を着て、お化粧して、綺麗になったりかっこよくなったり
あんなちっちゃかったのにねぇ!とまじまじと見た。

まだみんな何者でもなくて
未熟だけど細胞が若く、多少の傷もすぐに治って
疲れもしらない生命だ。
それはもう希望そのもので、見ているだけでわくわくする。

ずっと死ばかり見つめていると、
その闇に生命力を吸い取られていくような感じがする。
だから、息子と正月が過ごせてよかった。
息子やその友達たちが、楽しそうなだけで、もう、よかった。

自分たちは中年で初老なわけなんだが、
もうすっかり固着した役割があり
あとは粛々と、息子の学費を稼いで送るくらいしか
目的がないかのように思える。
自分自身がこれから華々しく夢見ることなんか、もうないだろう。
つまり、あとはゆるやかに死に向かって生きていくわけだ。
って考えちゃう。
つまんない。
ああつまんない。
あと30年40年どんなに長生きしてもつまんない。

生老病死はやってきたのではなく、ずっとまとわりついてきたんだよ。
生まれた時から、ずっと一緒にいたのだ。気づかなかっただけでさ。
だから今更、
なんだよ、そんなの知ってたよ、くらいで
いいんじゃないか。

だって今生きてるしさ。
腹は減るしさ。

うまいもん食って、笑ってさ、
くだらない日々を生きていこうぜ。いつか死ぬまでな。

「生きるとは?死とは?」などと悩み手に取ってみたけど、特に答えは書いてなかった。
だって著者も死んでないんだもん、分かるわけないよな!





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