三文字の名字のおうちって、なんだかお金持ちの人多いイメージをずっと持っています。大きいおうちの表札を次から見てみてくださいよ、もしくは三文字の名字の人のおうち見せてもらってよ、大きなおうちだよきっと。
タイトルだけで記事書けるんちゃうか。今度やってみよう。
てか磯野家の名前どないなってんの。
何言ってんの?
まぁタイトル通りなんですけれど、割とガチでそう思ってて、小さな裏付けを最近得たのでもう確実なんですよこれ(僕調べ)
漫画やアニメでは、よくありませんか?といっても、パッと思いつくのはカードキャプターさくらに登場するともよちゃんのおうち。
ともよちゃんこと大道寺 知世。めっちゃお金持ちです。
これ、こどもの時、あー三文字の名字の人はお金持ちなんだわって思っていたのですが、時が経つに連れて、それは漫画やアニメの世界の話だったんだと思うようにもなっていました。
しかし、大人になってから、自分の家を持ち、まわりの大きな家を見て
「ひぇーどんなお金持ちなんだ」とよく思うようになり、表札を見るとみごとに皆さん3文字なんですよね。みんな知世ちゃんなわけですよ。
海阿弥(かいあみ)さん、いや、海阿弥様?というおうちが近くに建ったんですがとんでもなく大きなおうちです。先祖はきっと仏に仕えていたのでしょう。
んで、裏付けというのが、今年から子どもが私立中学に通っているのですが、まぁ三文字の名字の子の多い事多い事。おしゅうじさん、しんやしきさんなど、んまぁお金持ち感溢れる名字だわ、なんて思いました。
名字の歴史
で、そもそも名字っていつからあんのかと、ふと思ったわけです。
(たぶんタイトルからするとSEO的にもすげぇ弱いな…これ。まぁいいか。)
国が戸籍を管理するのって、なんだか大事な気はするんですが、縛られているなとも感じます。
そもそも役所も何もない時代には顔を突き合わせた人しか認識し得ないわけで、なんだかロマンを感じます。
結構昔からある
国がどうとかいうよりもっと小さなコロニー的な集団で、すでに戸籍は管理されていた様子。氏(うじ)と姓(かばね)に分かれていて、血縁集団の呼び名として「氏」天皇からもらうのが「姓」。今の名字とはちょっと違う感じです。
みんな朝臣だよ時代
奈良時代後半から、姓の一つ、朝臣(あそん)が増えます。力を持った氏族はもうみんな朝臣になっちゃう。朝廷に「よくやった」って認められたら、ご褒美として「ほな、君、朝臣名乗ってええよ」となるわけですね。
ワイ朝臣、君は?ワイも朝臣やで。あれ?あいつも朝臣言うてたな。とでもなったんでしょうか。
偉い人は源平藤橘
平安時代あたりでは、朝廷に仕える人は源平藤橘といって、
源(みなもと)平(たいら)藤原(ふじわら)橘(たちばな)
この4つの「氏」の人たちばかりで、しかもみんな朝臣なので、身分がどうとかよくわからなくなっていきます。
中でも藤原氏はご存じの通りどんどん強くなっていきますが、もう朝廷中今度こそ藤原氏だらけで、みんな藤原やんってなったんだと思います。
平安後期の、公家と武士が分かれていく中で何となく整理されていった様子です。
・公家は住んでるとこ、おうちの名前
・武士は領地の名前
それぞれわかりやすくするために名字が生まれていきました。
名字は偉い人の特権
鎌倉時代あたりから、そうやって統治してきた偉い人が名乗るもんだから、公家とか武家とかの特権みたいな感じになってきました。
幕府も「ほなまぁ、農民は名字禁止な」と禁止する政策をとるほどです。
どんな感覚…。
室町時代になると、農民のブチギレ一揆とか、所謂下克上がそこらじゅうで起きました。幕府しょんぼり。武士がなんぼのもんじゃい農民。このあたりから割と自由に、農民階級にも名字が広がります。
血族として大きな「氏」の集団から「姓」持ちで区別したりしてたけど、同じ姓増えすぎやね、家どこ?あー、じゃあ名字〇〇でいこうぜ。てな感じです。(たぶん)
姓は天皇から授かったから勝手に変えたらあかんっしょ、でも名字はまぁ自由でよくね?てな感じで名字が広がったらしいです。
今の感覚でいえば、「青森のおじいちゃん」とか「鹿児島のばあちゃん」とかそんな感じでしょうか。その土地を示す部分が昔で言う名字だった、みたいな事だと思います。
世は戦国、安土桃山時代
日本史の話みたいになってきた。苦手です日本史。でもいま楽しい。
刀狩りとか兵農分離が進みます。武士の立場が弱くなることを恐れ、農民から武器を取り上げます。あと、もうお前武士なんなよなって身分を変える事自体が禁止されます。
幕府がまた強くなってきて、名字名乗る⇒支配階級の特権となり、
あーなんか、名字使えないっぽいよね、自粛しよ、となります。
名乗ることができる=えらい。今じゃ考えられない。歴史でもあり文化の変化でもあり。軽い気持ちで調べるんじゃなかったと思ってますなう。
ロングターム、江戸時代
江戸時代になると、名字が身分証明として、より一層利用されるようになってきます。今度は「苗字帯刀」です。
名字帯刀とは、名の通り、苗字を名乗って帯刀できる資格のことです。
先の兵農分離で、武士身分が百姓以下の身分を支配する体制で名字を名乗って帯刀できるのは武士だけでした。
幕府とか藩は、武士身分以外でも社会的功績を挙げた者や献金をたくさんしてくる者、でかい庄屋とかの役場的な動きで統治に関する業務をする者へ、同党の恩恵を与えることにします。
これにより、百姓や町民、被支配身分であった人たちでも、地位の高い人達、まぁえらい人たちかな。そういう人たちは地域社会の中で武士身分に準じる権威を得ることとなります。
とはいええらくない普通の人たちは、やっぱり名字を名乗っちゃだめなわけです。公じゃなければOKみたいな感じ。帳簿とか記録には残さないけどお墓とかローカル的なとこではまぁ勝手にどうぞというかそこまで管理できなかったほうが現実なのかな。
名前の成り立ち、めっちゃ長い
一族を表す「氏」、地位を表す「姓」、血族集団として「苗字」、個人の通称名である「字」(あざな)、個人の本名「諱」(いみな)
これらを組み合わせて互いを認識していたそうで。めっちゃ長くないですか?
有名どころでいうと、織田信長
氏:平
姓:朝臣
苗字:織田
字:三郎
諱:信長
⇒平朝臣織田三郎信長(たいらのあそんおださぶろうのぶなが)
なっが。官名として「上総介」が字の前に入れて呼称することもあるそうで、そうなるとさらに長いです。ただまぁ、基本的には字である三郎で気軽に呼ぶ感じみたいです。諱は忌み名ともされ、呼ぶことが憚られるそうで。信長様!なんて言ったらブチギレられるというか殺されるんですかね。
とうか織田信長って平家だったの?と思って混乱したんですが、ずっと続く平家、藤原家は人気ネーム。出世するために偽称することも多かったそうです。本名は平じゃないってのが通説らしいですが、、、結構なんでもありなんですねぇ。
苗字OK、明治時代
幕府が終わって近代政治政策をとってこ、って流れの中で、太政官布告が公布されます。法令というやつですね。その法令の中で、名字にまつわるものがいくつか登場します。
・平民名字許可令
一般庶民も名字なのってええよということです。あと判子、実印がこれで使えるようにもなりました。庶民めっちゃうれしかったんじゃないかなこれ。(僕も庶民ですけど…。)
ただ、「え、なんなん、なんで急に名字OKなん、税金取られんちゃう」みたいな警戒があって、届け出少なかったそうです。なんかマイナンバーカードっぽい。
・姓尸不称令
これからは姓尸(せいし)=「氏と姓」を表記せず、名字と実名の2要素で表記してねってことらしいです。これでずーーーっと続いてきた氏と姓が廃止されます。長かったもんね…。ここでようやく現代と同じ苗字と名前の時代が始まるわけです。
・苗字必称義務令
先述の通り、みんななんかウラがあると思って名字名乗らなかったわけですが、戸籍管理できないしええ加減にせぇということで、名字使うことを”義務化”。名字とか考えたこともなかったから届け出もクソもねぇよ、って人も「なんか適当に名字つけて届けて」って感じ。NEW GAMEで主人公に名前決める感覚か?何それ楽しそう。
名字爆増
せいぜい1万種類ほどだった名字が、現在30万種もあるとされて、これはグローバル的に見てもかなり多いみたいです。
名字決める時は割と地名とか職業とかそういった、当時の身近なところから付けたケースも多かったんでしょう。
公家、武士が決めてた感じよりもっとラフな感じで
地名から取ってるケース:その土地の名称
風景からきてるケース:山川さん、滝川さん、田村さん
地方、位置関係:北川さん、東さん、南海さん
職業からきてる:猪飼さん、鍛冶さん
藤原家由来:伊藤さん、佐藤さん、斎藤さん(だから多いのか…!)
きっと金持ちそうな名前は、そもそも金持ちだったんだわ。
自身の名前のルーツ、調べてみると面白いかもしれませんね。
僕はわりと、あぁ、おじいちゃんがそこ住んでるからなんだ…みたいな安直な感じです。ざんねん。
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