起きてない問題のために対策するのは非効率って言う中国人に言いたいこと。
有史以来、被害が出るような地震なんてないから心配ないと、広東省の我が街に住む中国人は胸をはります。
工事現場を見ていると、高層ビル、いわゆるタワマンでも大丈夫なのって思うほど細い柱や梁を使ってますので、地震なんて起きたら一巻の終わりだろうと感じます。
友人に、阪神淡路大震災が起きるまで、多くの人々は関西地域が地震の危険区域ではないと考えていたし、専門家たちもその地域で大きな地震が起きるとは予想していなかったけど、地震は起きたんだよと説明すると・・・
中国人友人たちは「起きてもない問題のために対策するのは非効率的だよ」と笑います。そして「日本だって阪神淡路大震災のあとに耐震基準を変えたんでしょう?だったら中国も地震が起きてからでいいよ」と言います。
もちろん、問題が起きたら基準を見直したり、規制を作ることになるでしょう。それはそれで必要だと思いますが、これだけ高層マンションやビルが建ち並んでいる状況で、地震が起きるリスクのことを考えてないとしたら恐ろしいことです。
よく、不安に思っていることの9割は起きないって言いますが、それでも1割は起きる可能性があるってことで、もう少し真剣に考えたほうが良いと思います。
よく想定外の事態だったのでしかたないと彼らは言います。
でも、その言葉は、リスクを想定して、しっかりと行動してきたた人が言うときに説得力があるのであって、どうにでもなぁ〜れと暮らしている人が想定外と言っても意味はありません。
中国で仕事したり、生活したりするときに感じる違和感は、人々がしっかりとした対策をしてもないのに「仕方ない、想定外だった」と言うからだと思います。
書類が届かないのも、品物の在庫がないのも、スケジュールがいつもギリギリなのも、思ったのと違う製品ができあがってしまうのも、すべて「仕方ない」で済ませます。
でも、ほんの少しの時間をかけるだけで防げるトラブルを引き起こして起きながら、想定外だったと言うことにモヤモヤを感じてます。
そして、その想定可能だったにも関わらず、想定外だったから仕方なかったという理屈で自分や家族、友人が辛い目に遭うのは嫌だなと感じてます。
まぁ言っても仕方ないけど…
そんなわけで、まずは自分の身の回りからということで、せめて地震などが起きたときに、逃げる経路くらいは確保しておきたいですし、確認しておかないといけないかなって思います。
今日も最後まで読んでくれてありがとう。また明日。