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「最後の一言」ショートショート

さやかは、病院のベッドに横たわる祖母の手を握りしめていた。祖母はここ数日、ほとんど言葉を発することなく、ただ静かに天井を見つめているだけだった。だが、今日は違う。祖母はさやかに「最後に伝えたいことがある」と、小さな声で言ったのだ。

「おばあちゃん、話して。なんでも聞くよ」とさやかは優しく促した。

祖母はゆっくりと息を吸い、少し苦しそうに口を開いた。「私もね、あなたと同じ夢を見ていたのよ…」

さやかは一瞬、意味がわからなかった。夢?どんな夢のことだろうか?彼女は幼い頃から、繰り返し見る不思議な夢があった。それは、広大な草原を風が吹き抜け、空には青く輝く大きな月が浮かんでいる夢だった。夢の中ではいつも自由で、心が穏やかだったが、それが現実とは異なる特別な感覚だと感じていた。

「それって…草原の夢?」さやかが驚いて尋ねると、祖母は微かに微笑んだ。

「そう。あの広い草原…青い月…それを私は何度も見ていたの。あなたが生まれるずっと前からね」と、祖母はかすれた声で続けた。

さやかの心は驚きと感動でいっぱいになった。あの夢は、彼女だけの特別なものだと思っていた。しかし、祖母も同じ夢を見ていたなんて…。そして、祖母がその夢を見始めた時期と、さやかが初めてその夢を見た年齢が重なることに気づいた。

「おばあちゃん、その夢には何か意味があるの?」さやかは、言葉を選びながら尋ねた。

「意味かどうかは、わからないわ。ただ、私はその夢の中で、いつもあなたを感じていたのよ。ずっと前から。だから、あなたが生まれた時、不思議な気持ちになったの。やっと会えたってね。」

祖母の言葉にさやかの胸は熱くなった。自分が知らないところで、祖母とのつながりがあったのかもしれない。血のつながりを超えた、魂のようなものが。

「でも、もう一つだけ言わせてね」と、祖母は目を閉じたままささやいた。「あなたはこれからも、きっとあの草原に帰ることがあるでしょう。その時は、恐れずに進んで。あそこには、私がいつでも待っているから。」

その言葉が祖母の最後の一言となった。彼女はその夜、静かに息を引き取った。

それから数年が過ぎたが、さやかは今でも時折、あの草原の夢を見る。そして、いつもそこには祖母の優しい微笑みが浮かんでいる。彼女は、祖母が今もどこかで見守ってくれていることを感じながら、夢の中を自由に歩き続ける。



カルガモのお話つくりました!


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