【取次制度黙示録③-2】書店におけるPOSデータの誤謬
前話回想
みんながそこそこに興味も好感も持っているのに、その良いイメージをビジネス的に全く活かせずに絶滅危惧種的な立ち位置の僕らの書店業界。
特にダメな書店にありがちなのは『読者の興味を一切掻き立てられない、画一的でつまらない品ぞろえ』
どうして、つまらない品ぞろえになってしまうのか?
幾つかの残念なダメダメパターンがあるのだが、CASE.1では、そもそも店舗から注文をしない、取次パターン配本任せやチェーン書店本部主導のテンプレ注文の結果、残念で時代錯誤的、品ぞろえの意識すらないイケてない書店が数多く存在することをお伝えした。
今回はもう少し本質に迫る残念なパターンを紹介する。
CASE.2 POSデータの誤用と同調圧力の弊害
書店での販売管理といえばかつては『スリップ』が主流だった。
今どきのZ世代には馴染みがないかもしれないが、販売前の書店に積んでるある本に刺さっていて、購入時にレジで店員が抜き取っているアレだ。
社会全体がオフラインの時代には、スリップ一つで販売管理、出版社への注文、販売報奨金の証票、販売形態の表示(買切、委託、上備、返品フリー)等様々な用途をこなす便利アイテムであった。
しなしながら、何せアナログ、というか紙だったので集計作業が一苦労であった。
書き手が一番最初に売り場の販売担当をしていたのが、コミックであり販売部数が多いジャンルだったので、毎日その日に販売分のスリップ(200~300枚位!!)を自宅に持ち帰り(ホントはガチ目にダメな行為)夜な夜な集計し翌日の注文に備えるのが日常であった。
しかし、アナログが故に日々の売上をスリップの束の厚さで確認できるのも喜びであったし、励みにもなった。
なお、スリップは現在でも一部で使用されているし、スリップのアナログ部分を活かして独自の販促術にまで昇華させた書店員も存在する。
書店でのPOSレジ運用
書店業界のPOSレジ導入は大手チェーン書店でも1990年代末期~2000年代初頭と他の業界に比べると遅め。理由としは書店の大多数が中小企業で資金的にも困難なのと、流通商品種類が多く、業界標準のバーコードの整備に手間取ったのだろう。因みにご存じかもしれないが書籍には他の業界では見られない2段バーコードが採用されている。
さてPOSレジ導入の大きな利点は、収集した売上データに基づいた売上分析と書籍発注への応用のはずなのだが、ここに様々な問題が発生する。
売れない本を探すためのPOSデータ??
書店でのPOSデータ活用黎明期に重宝されたのは意外にも『売れていない本』のデータであった。
売れている本に関しては前述のスリップを活用しある程度アナログでも把握が可能だったが、逆に売れていない本に関してはスリップでの管理に限界があった。
何せ売れていない本のスリップはレジに集約されず、まとめて確認するのは不可能だ。
棚に陳列されている本1冊1冊を手に取り、本に挟まっているスリップで前回売れた日や発注した日を確認することによって、販売周期や売上の有無を確認していた。
それがPOSデータの導入と在庫管理システムとの連携により状況は激変した。
例えば『過去六か月の間に店内在庫で1冊も売れていない本の一覧』等のデータを一瞬で手に入れることが可能になった。
また日々の業務でもスタッフがハンディ端末を使ってバーコードをスキャンするだけで、前回売り上げ日、年間、累計の売上冊数、在庫数、発注状況、他店在庫等のあらゆるデータを確認することが容易に行えるようになった。
勿論、売れている本の集計は更にバッチリ行える。1冊単位で何がどの時間帯に売れたか、最近ではほぼリアルタイムで今日の売上から10年前の売上まで自由自在に確認できる。
最近では数多くの書店が、このPOSデータが出した売上ランキングの結果を基に発注を行っている。
しかしこのルーティンが大きな誤謬を犯すことになるのだが、多くの書店や書店員、書店経営者たちはいつも通りにあまりに無自覚である。
POSは明日の顧客のデータは出してくれない
POSシステムはそもそもアメリカで開発されたもので、その用途もレジでの打刻間違いを減らすため、レジ内での不正防止が目的だったそうだ。
このPOSシステムを発注や商品管理、さらにはマーケティングにまで活用できるようにしたのは、日本のコンビニ、セブンイレブンだったとのこと。
そこで重要なのはこの一冊。
セブンイレブンを事実上創業し、世界有数の小売り企業に育て上げた鈴木敏文氏は実は出版業界、しかも取次(トーハン)の出身者。取次時代の経験や知見がコンビニの発展に寄与するエピソードも述べられているが、やはり白眉なのはPOSデータに関する部分。
以下引用。
コンビニは一人の顧客が同じ商品を何度も購入するリピート率等、同じ小売りでも書店とは異なる指標も存在する。が重要なのは『POSは仮説のためのもの』の部分であろう。
また単純に売り上げランキングだけを見て発注することは、『誤解』とあっさり否定されている。
書店員の皆様、大切な部分ですよー、
売上ベスト20位や30位の中で欠品を探して補充するような発注は
『誤解』ですって!!
現在のPOSデータは自店舗だけでなく、自分の会社全体、また取次POSデータを通して全国の書店の売上動向も簡単に確認可能だ。
そんなPOSデータに書店員の多くは疑いを持たない。
POSで出した売れてる本ランキングを見て発注。
POSで出した売れない本リストを見て返品。
でも、この繰り返しではダメなんだ。
売れてる本だけ並んで、一定期間売れない本を売り場から除外する。
この機械的な作業が、売り場の無意味、無価値な均質化に拍車をかけている。
前項で指摘した通り、売れ筋だけの売り場には、読者をワクワクさせるような魅力は存在しないからだ。
では単純なPOSデータに基づいた注文ではなく、仮説に基づいた品ぞろえを行うとどうなるのか??
これから書き手の実体験を述べるが、同様の経験は多くの書店員が味わっているのではないだろうか?
地味な専門書籍で売上を伸ばす方法
時に西暦2007年。
書き手は創業年だけは古めの神保町が本拠地の中堅ナショナルチェーン書店の関東の店舗で人文書担当をしていた。
人文書とは哲学書、宗教書、歴史書、社会学、心理学教育学など専門的な学問で構成され書店ジャンルの中では地味でわき役的に感じられるものだろう。
売上構成比も小さく、そもそも小さな書店では扱い自体がないこともよくある。書き手は一貫してこの人文書を担当していたが、実務経験に基づき下記の方針?指針?を独自に掲げていた。
男女問わず会社員をメインターゲットに設定
低単価(1000円以下)の書籍は、基本大きく展開しない
入門書、初心者用の本を大きく展開しない
新刊にこだわらず、良書なら既刊も積極的に展開する
この箇条書きの部分は相当に重要部分なので詳細は稿を改めるが、当時(現在も?)の一般的な書店の商品政策、品ぞろえの逆張りとも言える。
すなわち一般的な書店は、
年代別客層比率の高い50代以上のシニアがねらい目(ネットとか使わないし団塊世代・・)
単価が安い本が売れるに決まっている、デフレ最盛期なんだし
簡単に読めて親切に説明されている本が良いに決まっている、因みにこの時期は池上さん人気極大期
新聞広告、中づり広告、TVで取り上げられた話題初だけ並べて売るのが効率が良い
専門書分野では書き手の逆張り戦略は相性が良く、何処の配属先の店舗でも昨年対比で大きく前年超えの売り上げを継続して確保することができた。
ただこの販売戦略は書き手が独自に編み出したものなので、社内的にはあちこちで軋轢を生みだしやすい。
中間管理職という名の同調圧力装置
上司によっては、たとえ売上好調を維持してても次のような文句を誘発することになる。
・書店内の歴史書ランキング1位の本を書き手の店では棚差し1冊しかない
・全国的に話題の心理学入門書が書き手の売り場で平積みされていない
いずれも前述の箇条書き部分に抵触する書き手としては『販促する必要を感じない本』である。一例としては下記のような感じだ。
一目瞭然の薄い軽い内容のタイトル。
初心者向けとしても、もう少しちゃんとした本は幾らでも存在する。
しかも単価が低く利益を出しずらい。
出版元も専門出版社ではなく所謂、実用書出版社。多数のラウンダー(書店廻りの営業担当者)を投入してどぶ板系営業力で売上を作るタイプの版元だ。
何より一番重要なのは、売れ筋とはいえ薄い内容の本を展開せず、本格派、内容重視の品ぞろえ強調することで、いわゆるヘビーユーザー、読書通、品ぞろえに期待してくれる顧客にアピール出来る。
『一度購入や品ぞろえに期待してくれた読書通な顧客を大切にし、長期的に継続して来店購入してもらう』という仮説だ。
しかし上記の仮説が成果を出したとしても、上司である中間管理職には不満が蓄積されていく。
『フツーの売れ筋も置けばもっと売上を上げれるだろうにー』
実際には薄い軽いショボい本を大きく展開すると読書通のヘビーユーザー達はその品ぞろえにがっかりして店から足が遠のくのだが、中間管理職には目の前のショボい本のショボい売上が大きく感じてしまう。。
このような状況は下記の名著で詳しく解説されている。
人間にはもともと、利得より損失を大きく感じる性質の上に薄い本の売上は目に見えて、ヘビーユーザーの読書通の品揃えへの信頼や売上への関与は直接的には目に見合えない。
※ほんとはPOSデータをきちんと読み込めば、読書通の売上への貢献度は見えるのだが、経営者や中間管理職はそんな数字の読み方をけっしてしない。。
この現象は前述の鈴木敏文『売る力』でも以下のように指摘されている。
中間管理職の心理を読み切っての洞察はさすがというべきで、書店業界の中間管理職は、ほぼこの指摘に当てはまっているだろう。その保守性が自分の店の売り場から自主性、特色、拘り、ネット書店との差別化の芽を確実に摘み取っていく事に、いまも気づいていないのだ、、
この一見まともで無意味な同調圧力に基づく、中間管理職による保守的な注文&保守的な品ぞろえが均質化されたつまらない売り場を生み出し、現在の出版不況の根源的な原因の一つとなっている。
今回のまとめ
さて今回も話が長くなってしまった。
品ぞろえに関する話は様々な要素を内包していて、多要素での検証が欠かせない。今回は切り口をPOSシステムとしたが、当然ながらPOSレジやそのデータには何の罪もない。むしろシステムやデータを自由自在に使って仕事に取り組める現在の書店員は幸せ者といえる。
ただ、そのシステムやデータの使い方を誤ると望む結果を真逆のものになることも珍しくない。この部分をしっかりと自覚出来ているのか甚だ疑問が残る。
そして、今後はAIの普及に伴い、その付き合い方も考えねばならない。
POSデータの使い方も、ままならない書店業界にはとても難題だが対応出来なければ、今まで以上に社会やビジネスの場から遠ざかってしまうだけである。
品ぞろえの話はまだまだ続きます、ではまた。