見出し画像

息苦しさは教養が不足しているから?

東京での育児、仕事、日常生活に謎の息苦しさを感じながら、その息苦しさが具体的に何?と言われると、言葉に詰まりつつも例えば・・・

・家が狭くて、プラレールを広げようもんならストレッチもできない
・家が狭くて4人リラックスして寝るスペースもない
・習い事や教育の選択肢が多いが子どもの数も多いので常に順番待ちで自由に選ぶことが難しい
・これをやった方がいい、あれをやった方がいいといったSNSからの怒涛の育児情報をみて、溺れ気味
・人が多いのでどこにいっても混んでいる
・「ちゃんと」や「しっかり」といった謎の雰囲気に包まれている(ような気がしているのは私だけ?)

つまり、リラックスして生活ができていない気がする。
でも、リラックスして生活できていない気がするは、私の”思い込み”もあるのではないか?

と、紋々しながら本棚に積読されていた「リーダーの教養書」を手に取って読んだところ、冒頭で腹落ちした。

あっ、私の教養が足りないからこんなに不自由で息苦しいのだと。

本書の言葉を借りると、教養とは自由の技術であり、他者・いろいろな事象に振り回されるのではなく、自分が自由に考えるための基盤となるものが教養であると。

少し前に、有給消化で南国に家族で旅行したのだけれど、そこでは東京都は全く異なる時間の流れ、取り巻く環境で人々の「なんとかなるさ」というしなやかさを感じた。

私が尊敬する出口治明先生は「人、本、旅」で人は賢くなるといわれている。
まさに今回の旅では自分の思考の枠を飛び越える体験ができた。

そして、東京にいても自分の思考、思い込みに捉れず幸せに生きるには、教養を深めることではないか?と本「リーダーの教養書」から気づくことができた。

春から、本書でおすすめされている書籍を1冊でも多く読み、自分の教養を高めていく。

同時に、子どもの教育についても、彼らの教養を深めることがゴールではないかと思う。そのためには?というといろんな絵本を読み、目の前の1つ1つについて対話しながらたくさんの経験をさせてあげることではないかと。

もう上の子は年中になるが、ワークなど全然やってないな・・・と焦っていたけれど、それは彼が興味を示したら、でまずは目の前の事物について対話し、たくさん絵本を一緒に読むところから始めようと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?