【未来小説】毒親の遺言
私の母はいわゆる毒親だった。
過保護で過干渉で、そのくせ子どもの心情には無関心。
幸いにして早い時期に気づいたので、就職と共に家を離れ、実家とは疎遠になっていた。
毒親対策マニュアルに「完全に関係を切ってしまうとストーカー化する可能性大」という記載があったので、そのアドバイスに従ってチャットアプリでのやり取りだけは続けていた。
あの人はチャットでのやり取りでも相変わらずうるさかった。
娘を心配しているように見せかけて毒を吐くようなメッセージが、延々と続く。
メッセージが届くたびに心臓が締め付けられる。
辟易して、チャットアプリに有料のオートリプライ機能を追加して、ChatBotが自動で返信するように設定した。
父と妹とはつながりがあるので、何かあれば連絡が来るだろう。
それから何年経っただろうか。
あの人の存在も、自分が傷ついてきた記憶も、次第に薄れてきた。
それが、結婚して子どもが生まれると、あの人に孫の存在を知らせたい、自分の幸せを見せつけたい、なぜだかそんな気持ちが沸き上がってきた。
チャットアプリを開いて、結婚したこと、子どもが生まれたことを簡潔に伝えた。
夜になって、あの人からの返信が届いた。
「おめでとう!お名前は何ちゃん?会えるのを楽しみにしています。必要な物があれば送りますので言ってください。」
これはあの人ではない、そう直感した。
あの人はこんなに毒のないやさしい返事をくれない。
結婚や出産について知らせてなかった不義理を責めてきたはずだ。
ここ数年の履歴を見てみると、私のChatBotは私本人より気の強い性格に進化していたようだった。
「しつこい。要件ないのなら1日1回までにして」「大人なんだからほっといて」「働いたことない人にあれこれ言われたくない」
あの人の呪縛にとらわれている私からはとても言えない本音を、Botくんは発していた。
あの人はどうせ私の言葉なんてスルーするはず。
実際、進化したBotくんが反撃し始めてからも、懲りずにそれを咎めるようなメッセージが届き続けていたようだけれど、ここしばらくは週に1回程度の時節のあいさつのようなさらっとした内容になっている。
嫌な予感がして、慌てて父に連絡した。
そして、あの人が半年前に既に亡くなっていることを知った。
父の話によると、あの人が数年前から闘病していたこと、病気が分かってからはチャットアプリをオートリプライ設定していたこと。
自分の死に際して私には連絡を取らないで欲しいと頼まれたこと。
そして、父はあの人のデジタル遺言を送ってくれた。
ホログラムのあの人が声をふるわせながら語る幼い私とのエピソードは、私への詫びのような内容のものばかりで、最後は励ましの言葉で締めくくられていた。
私はひどく動揺した。
最後に会った時よりもずっと年老いて毒がなかったから?あの人の顔が今の自分に似ていたから?
あの人の懺悔めいたエピソードが私の記憶とまるで違っていたから?
それとも生きている本人から詫びの言葉を聞きたかったから?
気持ちを落ち着かせた後に、妹に連絡してみた。
妹は私と9歳も年が離れていて、今どきの子らしいドライな性格で、一緒に過ごした時間が少ないこともあって、家族の中では中立の傍観者のような存在だった。
妹は事の次第を詳しく知っていた。
「デジタル遺言は、母さんが亡くなったの、後であーちゃんが知ったら動揺するんじゃないかって、父さんが遺言制作会社に注文して作ってもらったんだよ。本人のホログラム録画のプランだとそんなにかからないけど、生前に撮ってなかったし、父さん一番高いプラン選んで。デジタルデータを分析して、本人の記憶のように再現するんだって。」
「内容があーちゃんの記憶と違う?母さんの世代は、デジタルデータそんなに残ってないもんね。家族写真とかチャット履歴とかから拾ったんじゃないかな。母さんいろいろ勘違いな人だから、本人の記憶で作ってもあやしいかもだけど。遺言ってどうしても懺悔っぽくなっちゃうのかな。3年保証ついてるから気に入らない点は追加料金なしで修正してもらえるよ。」
「あーちゃんからのメッセージ、オートリプライになってることは母さんも知ってたよ。あーちゃんはこんなこと言わないって、すごい文句言ってた。でも、中身があーちゃんじゃないって分かってても、返事がくると嬉しかったみたい。」
「あーちゃんにどうして教えなかったかって?それは本当に母さんの遺言だよ。なぜだか分からないけど。あーちゃんは、母さんが生きてると思っている方ががんばれるからって言ってた。あーちゃん、母さんのこと嫌がってたし、むしろ伝えた方がホッとするんじゃないかと思ったけど、一応遺言されたからさ。」
思いやり?それとも嫌がらせ?訳が分からない。
通話を切ると涙が出てきて、今度は止まらなくなった。
泣きながら母にメッセージを送った。
「子どもの名前はゆうりです。子どもの頃の私にそっくりです。」