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たまに短歌 滋賀県彦根市 2024年10月2日 主流派の矜持
昔から暮らしのなかで城仰ぐ
背筋が伸びて遠くが見える
むかしから くらしのなかで しろあおぐ
せすじがのびて とおくがみえる
宿をチェックアウトし、長浜駅を午前9時5分に発車する普通列車に乗る。米原駅で加古川行きの列車に乗り換えて、午前9時28分に彦根駅に着く。そのまま彦根城へ向かって歩く。天守が間近に迫ったところに滋賀縣護國神社があったので、とりあえず参拝する。神社の裏手に佐和多聞櫓を再現した建物があり開国記念館として無料で公開されている。平日午前中の中途半端な時間ということもあり、駅から城へ向かう人の流れは少ない。しかし、その少ない流れの三人に一人くらいが、開国記念館の入り口に向かうスロープやエレベーターに向かう。我々もエレベーターで記念館前へ行く。ちょっと暑かったので、とりあえず涼しいところで一服したかった。
開国記念館は城と城下町のざっくりとした紹介施設で、入り口すぐのところに城を紹介するビデオがエンドレスで流れている。全編視聴すると30分近くかかるのだが、全部観た。これは全部観るべきだと思う。近江観光大使であるChris Glennさんが城の要所を英語で説明し、それにボイスオーバーで日本語の翻訳音声が流れている。要点が明確で大変わかりやすい解説なので、次は、次はと興味をそそられてあっという間に全編を観終わってしまう。このビデオを観てから城内を巡るのと、観ないで歩くのとでは、見える風景がまるで違ったものになると思う。
空調の効いた開国記念館で汗が引いたところで、彦根城表門券売所に向かう。彦根城・玄宮園・彦根城博物館セット券を買って、まずは博物館に入る。一見したところ普通の博物館なのだが、解説の類がかなり詳しい。展示品ひとつ一つの解説は最近あちこちの博物館や美術館で利用されている「ポケット学芸員」というスマホアプリで読むことができる。全部読んでいると1日では終わらない。それに加えて、エリア毎にA4版の解説シートが用意されている。館内に置かれている解説シートを全ていただいたら37枚あった。たまたま切れているものや、私が見落としたものもあるだろうから、たぶんもっと用意されているのだろう。さらに『彦根城博物館だより』と『ときの玉手箱』という定期刊行チラシがあり、期間限定の企画展の解説シートもある。この時は「魅惑の華南スタイル 華南三彩陶磁と井伊家伝来茶道具」という企画展の初日だった。
展示内容は違うのだが、館内の雰囲気が名古屋の徳川美術館になんとなく似ている。明治維新から156年、敗戦から79年。世の中の価値観の転機からの経過時間だ。徳川幕府は開府から大政奉還まで265年。もちろん、その265年が無風であったはずはないのだろうが、国家体制として一つの仕組みが265年継続した中での価値観と、156年あるいは77年プラス79年の価値観とではかなり違ったものになるはずだ。例えば、人一人が自身の70乃至80年ほどの生涯でほぼゼロから築き上げる人生観と、親の代、さらにその先の代から受け継いでそこに続けるそれとは自ずと違うものになるはずだ。彦根城博物館と徳川美術館の雰囲気が似ていると感じられるのは、江戸幕藩体制という265年を共に主導した側の価値観に通じ合うものがある所為、というところもあるのではないか。
とはいいながら、ここで書かなくてもいいのだが、水戸の徳川ミュージアムはいまひとつだ。でも、水戸の納豆はやっぱり旨い。鹿児島の薩摩揚げは駅のキオスクのようなところで売っているものでも美味いし、小田原の外郎は名古屋のより旨い。その土地で育まれた暮らしの記憶とか文化というものは、好むと好まざるとに関わらず、そこに定着するものなのではないか。定着しないものは、所詮その程度のものだったということだろう。今の我々の時代は「所詮その程度」の時代なのか、何事かを定着させるような時代なのか。
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