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手遅れかもしれない 『サイレント・アース 昆虫たちの「沈黙の春」』

暑い。9月に入りエアコンをつけずに就寝した夜が2晩だけあったが、もうすぐ彼岸だというのに、まだ暑い。「温暖化」というが、「温」とか「暖」とかいうような穏やかな話ではなく、もっと切羽詰まった状況にあるのだろう。少なくとも8月だけ見れば住まいの近隣である府中の日々の最低気温の月平均は2021年と22年の23.5度から23年は24.9度になり、今年は25.2度になった。平均的に熱帯夜だ。

一応、「温暖化」に対する危機感は世界で共有されていることになっていて、2015年12月に採択されたパリ協定は2016年11月に発効し、日本を含む195カ国とEUが本協定を締約している。本協定は、産業革命前からの世界の平均気温上昇を2度未満に抑え、加えて平均気温上昇1.5度未満を目指すというものだ。

Holding the increase in the global average temperature to well below 2°C above pre-industrial levels and pursuing efforts to limit the temperature increase to 1.5 °C above pre-industrial levels, recognizing that this would significantly reduce the risks and impacts of climate change;

出所:United Nation Climate Change - The Paris Agreement, Article 2 - 1 (a)

当然、国や地域によって排出状況やその背景となる事情が異なるので、加盟国・地域がそれぞれに協定実現へ向けての目標を設定している。その達成状況はそれぞれの国・地域が監視・管理しているが、第三者として監視している組織もある。本書でそのような監視組織であるThe Climate Action Tracker (CAT)のことが紹介されている。それによると、日本はこんな状況だ。

出所:The Climate Action Tracker

日本に対する総合評価は「Insufficient(不十分)」で3℃未満の気温上昇を引き起こす可能性があるとされており、個別の評価項目の中では政府による対策支援に対する評価項目である「Climate Finance」が「Highly Insufficient」となっている。CO2の排出量そのものというよりも経済規模との兼ね合いで削減目標が定められており、そういう意味での「fair share」が問われている。

CATでは39カ国とEUについてCO2排出量の公約の進捗状況を評価しているが、これらの国々と地域の排出量は全世界の85%を占めるのだそうだ。このCATによる総合評価が「Insufficient」であるのは日本だけではなく、殆どの国や地域が「Insufficient」あるいはそれ以下だ。殊に深刻な「Critically insufficient」(4℃以上の気温上昇を引き起こす可能性あり)との評価を受けているのは以下の9カ国である。
インドネシア Indonesia
イラン Iran
メキシコ Mexico
ロシア Russian Federation
サウジアラビア Saudi Arabia
タイ Thailand
トルコ Turkiye
アラブ首長国連邦 UAE
ベトナム Viet Nam
CO2排出削減の公約をほぼ満足し1.5℃未満の気温上昇に留まりそうだとされる「Almost Sufficient」との総合評価を受けているのは以下の9カ国である。
ブータン Bhutan
コスタリカ Costa Rica
エチオピア Ethiopia
ケニア Kenya
モロッコ Morocco
ネパール Nepal
ナイジェリア Nigeria
ノルウェー Norway
ガンビア The Gambia
本書執筆時点(2021年)ではモロッコとガンビアが「Sufficient」(公約達成の可能性大)だったらしいが、現時点では一段下の評価へ後退している。一方で、本書執筆時には「Critically insufficient」となっていたのは米国、ロシア、サウジアラビアの3カ国だったのが、米国は「Insufficient」へ改善したものの、新たに7カ国が加わった。印象として、総じてよろしくない方向に向かっている。

パリ協定は温暖化に対する危機感の共有と、対策の公表による加盟国・地域の決意表明の場であって、公約を守ることができないからといって、それで何事か個別具体的な事態が発生するわけではない。ただ、我々市井の民が「暑っいなぁ」と感じる機会・程度や異常気象(災害をもたらす気象)の発生頻度・程度が深刻化したり、農産物の生育や収穫に影響が顕われる。また、殆どの国が公約を守ることができたとしても、それによって本当に温暖化に歯止めがかかるかどうかはわからない。今や、そういう状況だと思う。しかし、我々はCO2をはじめとする温室化ガス排出に関して強制力を伴う施策を目下のところは持ち合わせていない。

パリ協定の根本的な問題は実効性がまったくないことだ。すべては各国が国内の排出量削減を決断するかどうかにかかっていて、目標を達成できなくても罰則はない。一国の政府が長期的な約束をするのはきわめて簡単で、何らかの評価を受けるまでに担当する政治家がころころ代わるからできるのだ。1992年にリオデジャネイロで採択された生物多様性条約を見てみればいい。この条約には、パリ協定に調印したのとほぼ同じ196カ国が調印している。リオでの条約では、2020年までに世界で生物多様性の喪失を止めると約束された。しかし実際のところ、1992年から2020年までのあいだに、地球全体の生物多様性は少なくとも過去6600万年で最も大きな喪失となった。地球を救うためには、私たちの政府の空約束を当てにしていてはいけない。

224頁

地球環境あるいはエコシステムの持続可能性という点において最大の脅威は人類の異常繁殖だろう。だからといって、「湊川」の新田・楠木のつもりで人口爆発に対処する、というわけにはいかない。そもそも誰も新田・楠木側には付かないだろうし、新田・楠木の役を買って出る者もあるまい。CO2であるとか、再生エネルギーであるとか、個別に具体的な数値をどうこうできそうなものを掲げて個別最適によって全体が劇的に動くとの夢を抱きながら、現実には選択肢をひとつひとつ失いつつ来るべき終末を迎えることになるような気がする。

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熊本熊
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