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たまに短歌 それで台風は
台風は島の東を北へ行く
いつもの朝のいつもの駅で
たいふうは しまのひがしを きたへゆく
いつものあさの いつものえきで
朝5時50分現在、台風7号は八丈島の東約100kmを北に移動中、という「台風情報」があった。いつものように午前4時30分に起床して、午前5時40分に家を出て、午前5時52分発の電車に乗って、途中で午前6時9分発の電車に乗り換えて、スマホを見たらそう出ていた。
東京の在来線で前日までに計画運休を決めたのは地下鉄東西線の東陽町—西船橋だけだった。東京を貫通して千葉や神奈川と結ぶ中距離路線も運休予告を出していたが、自分の通勤経路に関係ないと関心が起きない。東西線も通勤には利用していないが、青花の会に出かけるときや年末に穴八幡に金運向上、いや一陽来復のお札をいただきに行く時には利用するので縁はある。朝の通勤風景はそれほど変わらなかった。もともと客が多い時間帯ではないが、いつもより人がやや少ないという程度。皆それぞれに生活というものがあり、皆それぞれに惰性というものがあるのだから、珍客があるからといって、そう易々とそういうものを変えたりはしない。
八丈島には少し縁がある。縁はあるが、過去に訪れたのは一度だけだ。縁とはそのことではなく、毎年ほぼ決まった時期に郵便とデータと金銭のやり取りがあるということだ。訪れたのは、その相手を見てみたいという好奇心と、勤め先を解雇されて時間に余裕があったことによる。流人の島とのイメージもあるようだが、流刑地となったのは1606年に宇喜多秀家が流されてからだ。八丈島は遠い。私は往路は東海汽船で、復路は全日空だったが、江戸時代以前にこんな遠くまで動力のない船で容易に行き来できるとは思えない。東海汽船ですら果てしなく遠く感じ、朝、島影が見えた時の感動といったら、「おぉぉぉぉ、しまダァぁぁぁぁ」と書いたくらいでは伝えられないほどだった。
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撮影日は2012年3月22日だが今見ても感動が蘇る、なんてね
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撮影日:2012年3月23日
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部外者立入禁止につき門の外から撮影
撮影日:2012年3月22日
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