突風で取れた屋根を見て取り戻す自信
「ですからうちは、本物の木材を使っておりますから。和の美をですね」
「いや君の気持ちは痛いほどわかる。だけど悪いが前も言った通り、ちょっと私たちの予算との差があるんだ。本当に申し訳ないが、ミラクルスターマイホームでお願いすることにしたよ」
「し、承知しました。またの機会をお待ちしております」
風林ハウスの真中俊樹は、立ち上がってゆっくりと頭を下げて来客を見送る。しかし体が微妙に震えていた。
「またミラクルスターか、これで3組目だ!」俊樹は客を見送ると、住宅展示場のモデルルーム内にある事務所に戻る。自らの席に座るとその場で頭を抱えた。
「真中君、今が耐えどきだ」話しかけてきたのは、この住宅展示場を取り仕切る店長の宮田。
「店長、どうにかなりませんか? ミラクルスターの見積もりが異常すぎます。あれではいくら質の素晴らしさをアピールしても... ...」
「わかっている。今日も本社に掛け合ってはいるが、我々もギリギリなんだ。新興勢力として半年前に突然現れたミラクルスターマイホーム。住宅展示場にモデルルームを作らないからよくわからない。だがあれだけの実績を急速に上げている。いったい彼らがどんなコストでやっているのだろうか? 本社の人間も頭を抱えているんだ」ごま塩頭を七三に分けた宮田は、真中を諭すように語る。
「し、しかしですね。実際問題として、やっぱり質より料金ということでは」真中は熱く詰め寄ったが、宮田は冷静そのもの。
「それは一理あるかもしれない。だがはっきりしていることは、彼らは相当な赤字を出しているはず。いずれ破綻するに違いない。だから今が我慢。我が風林の木造住宅の質の高さは、創業半世紀以上というの長年の実績があるんだ。必ず逆転のときがくる」
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「あ、真中さんお疲れさんです」この日も受託展示場の閉店時間となり、帰宅に向かう俊樹に声をかけるものがいる。そのほうに振り向くと、いつものように元気な受雷工務店の竹岸涼香がいた。
「ああ、竹岸さん」しかしこの後即座にため息を吐く。
「どうしたんですか、真中さん元気ありませんね。上司に怒られたんですか、それともクレーム?」黒いコート姿の竹岸は心配そうな表情。
「ではないんです。今までなら受注できているお客様の取引が、なぜか途中から奪われることが続いていまして」
「それってミラクルスター?」俊樹は小さく頷く。
「受雷さんのほうはどうですか? ミラクルスターが現れてからは」
「それは、うちも同じ。半年前に突然現れたミラクルさんが来てから、真中さん同様に顧客が奪われているわ。でも今が我慢のときじゃないかしら」
上司の宮田と同じようなことを言う涼香。「やっぱりそうか。うーん、他社さんにこんな愚痴をこぼしている場合ではないんだが」
「それは関係ないわ。会社は違うけど同じ職種。お互い助け合わないと。そうだ真中さん。もしお時間があれば、また車でご一緒しましょうか? 少しでも愚痴をこぼしたら気持ち晴れるかもよ」
笑顔を絶やさない涼香。俊樹はそれを見ているだけで和む気がした。
「でも竹岸さん車では?」「今日は車じゃないの。また弟が」
「そういうことか。そうしたら駅まで送りましょう」
「ありがとうございます。あ今日は急がないから、ちょっと寄り道しませんか?」「そうですね。もし竹岸さんが良ければ、この前と同じ丘の上に」
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俊樹は助手席に涼香を乗せると、車を動かした。涼香を乗せるのは2回目。12月に1度だけあった。あのときも駅に直行せずに、住宅展示場の裏側にある丘の上に寄り道した。今回も再度同じルートで坂を上っていく。
丘の上の展望台に着いたふたり。ちょうど夕暮れどき。雲がほとんどなく、西の空は鮮明なオレンジ色に輝いていた。
「さっきの話ですけど」「あ、ミラクルの」
「はい、私の会社は避雷針の製造からスタートした業種でしょ。だから創業者の会長はとにかく『災害に強い家づくり』にこだわっているの」
「受雷さんは鉄筋ですもんね」
「そう確か10年前の大震災で、うちの家は地震の揺れにも津波が押し寄せてもほとんど無傷。住んでいた人が助かったのよ」
自社の得意分野ということもあってか、涼香の語り口調は自信に満ちている。
「でも風林さんも災害対策は」
「あ、もちろん木造ですが、揺れても倒れない工夫として最新の工法を使っていますから問題ありません。5年前の地震では木造ながらも倒れずに、ほぼ軽傷で済みました」
まるで顧客にアピールするかのように熱く語る俊樹。涼香は思わず声を出して笑った。
「アハハハ。ちょ、ちょっと真中さん。私、風林さんの家は買えないわ」
「あ、いや失礼。それはお互いさまで」我に返った真中は、照れを隠すように頭の後ろに手を置きながら何度もうなづく。
「それにしても今日は風が強いですね」ときおり吹き付ける強力な突風が涼香の髪を激しく揺らした。
「あれ、知らないんですか? 今強力な低気圧が近づいていること。それが台風並みの風の強さがあるらしくて、明日は大荒れなんですよ」
涼香は驚いた表情をしている。
「そ、そう。最近忙しくて全然天気予報見てなかった。だから遠くに雲が見えるのね」涼香が指をさしたのは北西の方向。西のほうは雲がないが、少し北のほうに視線を送れば、はるか遠くに雲らしき黒っぽい影が見える。
「よ、よく見つけましたね」「私視力だけは自慢なんです」と涼香。一瞬、舌を軽く出したように見えた。
「へえ、目がいいんですね。まあ僕も悪くはないけど。そうか、あの雲がこっちに来るのか。今晩遅くから雨が降るという予想らしいですよ。明日は住宅展示場が定休日でよかった」ようやく俊樹の表情が、和やかに口元が緩んだ。
「今晩雨かぁ。そうね。じゃあ、また今度にしましょうか?」
「え?」俊樹は涼香の言っている意味が分からない。
「食事に行くって約束。12月にここに来てクリスマスツリー見ながら『次はゆっくりと食事をしましょう』とか言ってなかったかしら?」
「あ、ああ! 言ってたかも。そ、そうですね。それでは今度は絶対に行きましょう。もうお互い予定を決めておいたほうがいいかもしれませんね」
「ええ、そのほうが私も助かります」
気が付けば、俊樹のストレスは完全に吹っ飛び、ナチュラルな笑顔になっていた。
こうしてお互いの連絡先を交換したふたり。丘を降りた後、駅で涼香を降ろした。
「竹岸さん、明るい人だなあ。一緒に居たらなんとなく落ち着くというか」
俊樹は帰りの車の中、涼香の存在が少しずつ気になっていく... ...
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「うわあ、すごいなあ。本当に台風のようだ」翌、休日の朝。いつもよりゆっくりと起きた俊樹は、寝癖を直すこともなくテレビのニュースにくぎ付け。テレビはちょうど災害のひどい地域を中継で流している。
「あ、屋根がない家が! え、確かに風は強かった。けど、それにしてはあの家もろすぎないか。古民家でもないのに」
数日後、風で飛ばされた家の正体が分かった。それは大幅なコスト削減で、人気急上昇のミラクルスターマイホームが手掛けた新築の戸建て住宅。
今回の突風で多くの家の屋根が飛んでしまったという。
これは築1年もなっていない段階で起こっている事象。この後の補償問題と信用問題に多大な影響があったことは間違いない。
ちなみに、風林ハウスと受雷工務店が提供している住宅には、今回の突風によるダメージが全くなかった。
「よし、明日からはこれをアピールしよう。いくら安くても災害に弱い家は役に立たない!」自信を取り戻した俊樹は、心の中でそう誓うのだった。
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シリーズ 日々掌編短編小説 393
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