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上元の小正月に味わう粥

「アホのホア」突然、侮辱とも受け取れそうな言葉が耳に入ったため、操作していたタブレットを目の前に放り投げたのはベトナム人妻のホア。

 秋に妊娠が発覚して4ヶ月。一時期ほどでは無くなったとは言え、まだツワリで苦しむときがある。そのためよりイライラしやすく。こんな夫の一言でも腹立たしい。

「圭さん、なに? アホって。それ侮辱のキーワード!」
「ああ、ホアちゃん。聞いていたの。ゴメン」慌てて圭がホアのほうを見て謝る。「実は回文を考えていたんだ」「カイブン?」
「前から読んでも後ろから読んでも同じ読み方になるものだよ」必死で言い訳する圭。
「そういうことか。でも言葉が全然良くない。でもいいやそんなこと。今日は1月15日って小正月だよね。圭さん私たちは何もしなくていいの?」

「え! こ・コショウガツ。全然気にしてなかった。それは聞いたことあるけど、何するの?」首をかしげる圭。
「圭さん日本のこと本当に知らないんだね。小正月は望の日が月初めだったころの名残だって」
「ボウ? なにベトナムの麺料理か?」
「圭さん、今日は全然面白くない。フォーの話してない。望は満月のこと!」先ほどの言葉が尾を引いているのか、ホアの機嫌が収まらない。

「満月、満月ね。ああ太陰暦のことを言っているんだ」作り笑顔で機嫌をうかがう圭に、ようやくホアは頷いた。
「それだったらベトナムでもあるの。日本旧正月の春節がベトナム正月のテトだからその15日後とか」「あるよ」と少し機嫌がよく成るホア。
「日本でいう旧暦の1月15日は、上元節なんだ。テトからこの日までは農家の人は休むよ」
「へえ、2週間の休暇かぁ」圭は腕を組む。

「でも私は町中で生まれ育ったから、農家とは違うよ。けど、でもこのときは近くの寺でみんな参拝するわね」
「なるほど、日本の初詣のようなものだな。昔は成人の日がこの日だったらしいけどね」

「でも、日本の風習だから! 今日は作ったよ」「作ったって何を?」
「小豆粥!」ホアは嬉しそうに大声を出す。

「えぇ! い、いつのまにそんなものを!」「だって、多分圭さん知らないと思ったから。昨日小豆をスーパーで買ってきて、水につけておいたんだ」

「あ、もうできあがったかなぁ。ちょっと待ってね」 ホアは立ち上がるとキッチンのほうに行った。しばらくするとキッチンから小豆の香りが伝わってきた。

 5分くらいしてから、ホアはお椀に入った小豆粥をふたつ持ってくる。
「さ、食べよう」「うん、これ見た目からしておいしそうだなあ」
 紫がかった色をした小豆粥。上に小豆が乗っていて。見た目からして期待モテそうな雰囲気。圭はさっそく色のついた小豆粥をスプーンで掬い取る。
 湯気が立ち込めた粥は、そのまま口に入れるとやけどするような気がした。だから無意識のうちに口をすぼめて息を2回ほど吹き付けてから口の中に入れる。
 中に入った小豆粥はまだ十分熱いが、食べられるほどの温度。そしてその味わいは粥からくる塩味に加えて、小豆本来の優しい甘味が良いあんばいに混ざっている。口の中から喉を通る粥は実際に暖かいが、それ以上に心が温まる気がした。

「うん、美味しい! これ、ホント温まる。ホアちゃんありがとう」
「小豆粥には邪気を払って一年の健康を願うって意味があるよ。今年はお腹の子どもが生まれるから、私は絶対に健康でなくては」
「もちろん。俺の子でもあるしな」
 圭はそういってホアのお腹を見つめる。毎日見ているから違いは気づかないが、以前よりお腹がふっくらしている気がした。それを見るだけで圭はにこやかに口元が緩んだ。

「でもホアちゃん、よくこれ作ったね。調べたの? 」ホアは笑顔になり、ハニカミながら頷く。
「ベトナムにも似たようなものがあるし。でも日本の小豆粥はネットでレシピ調べたの。圭さんのことは狂おしいほど好きだから、当然作ってみた」

 ホアのこの言葉に圭は嬉しさのあまり、思わずホアの手を両手で握る。「そうかいつも日本の行事を、ホアちゃんに教えてもらっているけど、小正月は来年からもちゃんとやろう。お腹の子どもと3人で」ホアは圭に体を寄せてきた。
「そうね。あ、動いたみたい」圭に体を委ねてその体温を感じながらも、お腹をゆっくりとなでる。

 こうしてふたりは小豆粥を平らげた。すべて食べてお茶を飲むと、圭が口を開いた。
「そうだ、ホアちゃん。これはどう。 アナグラム詩というもので、50音のすべての音をひとつずつ使って文章を作ってみたんだ。 たしか、いろは歌もそういうものなんだって」
「へえ、面白そう。聞かせてよ」嬉しそうなホアの前に圭が軽く咳払いをすると語り出す。

「明石美優、狐いる! 薄草の辺は越せぬ。
江尾、何を戯けて? そちも暇? 目 変よ  
ふむ、遣られろ!」

「あかしみゆ、きつね いる! うすくさの ほとりは こせぬ 
えお、なにを たわけて? そちも ひま? め へんよ
ふむ、やられろ!」

 得意げに語る圭。しかしホアは表情が固いまま。
「圭さん、それ意味全然わからない。じゃあね」とそのまま無表情で食べ終わった小豆粥の器を片付けに、隣のキッチンに向かってしまったホア。
「さっき 狂おしいほど好きと言ってたのに... ...」
 残された圭はしばらくの間、固まってしまうのだった。



こちら伴走中:2日目

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画像で創作1月分 

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こちら今日登場したふたりが出会ってから婚約するまでの物語。


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シリーズ 日々掌編短編小説 360

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