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新しい生活に思うこと
「うん? 美羽からだ」尾道拓海は、幼馴染でそのまま交際している今治美羽からのLINEのメッセージを受け取った。
クラスは違うものの同級生のふたりは中学を卒業し、この4月から高校生。だが違う高校に入学した。拓海は近くで自転車通勤できる公立高校の普通科。美羽は電車に乗って短大付属の女子高に通い始める。
「何、『新しい学校に慣れた? そろそろ会いたい』って。高校に慣れるも何も始まったばかりじゃないか。しょうがないな」と言いながら、どこか嬉しそう。「うん、今度の休みに逢おう」とメッセージを返した。
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近所の公園で待ち合わせたふたり。先に来たのは美羽のほう。「お、あれ約束の時間より早く着いたつもりだったのに」
「なんとなく早く来ちゃった」と笑顔の美羽が手を振って近づいてきた。今日は春の日差しに最適な花柄のワンピース姿。今日は髪を結ばず下ろしていた。中学を卒業して今月からふたりは高校生。だけど拓海にはやけに大人っぽく見えた。そして黒いリュックを背負っている。
「さて、そのあたりで座ろう」ふたりがベンチに腰かけた。ちょうど後ろに桜の木があったが既に花は散っている。それでも名残のように枝には赤い付け根の部分が残っていた。
「あ、あれ花梗(かこう)っていうのよ」「へえ、誰に聞いたの」「ん、ああ洋子ちゃんから」「だれだそれ?」
「あ、ごめん。いきなり友達になった子。隣の席だったからすぐに仲良くなっちゃった」
「そうか」「拓海君は友達できたの」「うん? ああ、まあ新しい友達はまだだな。というかまだ同じ中学の仲間とつるんでる」
「そう、私は同じ中学からの子がほとんどいないし。いてもクラスがバラバラになったから周りは知らない子ばかり......」
美羽は突然うつむいて声のトーンが小さくなる。
「何落ち込んでるの? お前すぐに友達出来たんだろ。いいじゃないか。寂しかったらいつでも俺が会ってあげるから」
「拓海君ありがとう」美羽はすぐ笑顔になり、両手で拓海の右手を握った。
しばらくの沈黙が流れる。
「そうだ、休みの日だし今からどこか行こうか」「でも私、いまちょっと離れたところまで電車で通学しているから、今日は近所がいいかな」
「じゃあさ、近くの河川敷に行こう」
ふたりは立ち上がって、公園を後にした。ここから歩いて20分くらい先に、少し大きな川が流れている。
ふたりが卒業した中学が河川敷の前に立つ。ここは3月まで通学していた馴染みの道。先月までは日常だった。新しい生活で使わなくなってまだ1か月たっていない。なのに懐かしさがある。
やがて河川敷に到着。緑の雑草で覆われた土手の上に来ると、この日ふたりの視線に入る位置に中学校の校舎が見える。
土手の上は舗装されており、そのすぐ目の前をジョギングしている人が足音を立てて通り過ぎた。瞬時にわずかばかりの風がふたりの肌に触れる。「あのあたりに座ろうか」「うん」
ふたりは河川敷の土手の下のあたりにいくつかある、ベンチの様に平らになっている大きな石のひとつに腰かけた。
「美羽、今日はいい天気だなあ。雨降ってなくてよかった」拓海は顔を上に向ける。美羽も真似た。この日は雲ひとつない天気、青空が透き通っている。
「3月までは近所で毎日のように見た光景なのに、何でこんなに懐かしいのかしらね」「おいおい、ずいぶん大げさな。先月まで普通に見て、何の感動もなかったのに」
「うん、私まだ新しい生活に慣れていないからかしら」美羽は目の前の川を眺めた。下流域にある川はゆっくりとそして確実に海に向かって流れている。「ねえ、拓海君どこのクラブに入るか決めた?」
「クラブ活動ねえ。うーんそれ実は迷ってるんだ」拓海は腕を組む。
「実は、山岳部と天文部があってどっちにしようかと」「ああ、そうね拓海君は登山したいって言ってたし、天文にも興味があるのね。一緒に天文宇宙検定受けようってこの前言ってたし」
「だったらやっぱり天文部かなあ。1級の天文宇宙博士を最終目標としている立場としては」「後悔しないようにもうしばらく悩んでみたら」美羽は白い歯を見せて笑う。
「じゃあ美羽は」「うーん、まだ決めていないけど、科学部があるからやっぱりそれかな」「そうか、中学と同じだな」
「うん」美羽は河川敷を見ながら頷くが、突然大声で「あ、水鳥!」と指をさす。「本当だ」拓海も水鳥の姿に気づいた。
茶色っぽい色をした水鳥。3羽ほどいて三角形の隊列を組む。そのまま川の岸辺から沖合に向かって泳いでいく。
「そうだ、ねえ。今日おにぎり作ってきた」美羽は笑顔で背をっていたリュックの中身を取り出す。
「お、いいねえ。朝は何も食べてないし、ちょうど腹減ってきた」
美羽は取り出したのは、ラップにくるまれた俵むすび。「はい、どうぞ」拓海はひとつ貰い、ラップを剥がす。ひとつひとつが小さな楕円形として主張しているかのように見えながらも、乱れることなく一致してくっついている白米の塊。
その上には黒い海苔が貼りつくように巻かれていた。「じゃあ頂きます」そういってさっそく拓海は口を開く。
そのままおにぎりを口の中に半分ほどい入れると、ゆっくりと砕いだ。それを何度も繰り返しながら、舌を通じて伝わってくるおにぎりの味覚を楽しんでいく。「う、うん、旨い。これはオカカ入りだ」
「あと、鮭と梅干入りがあるわ」美羽もひとつ手にする。こちらは一口大ほどの大きさを口の中に頬張った。
「う、み、水!」拓海は突然苦しそうに目をつぶる。慌てて息を止め、手元に置いてあったペットボトルのミネラルウオーターの蓋を開けた。そのまま流し込むように水を飲む。
「う、ふうー、ああ、詰まって苦しかった!」拓海はようやく落ち着いたのか、小さく息を吐く。
「拓海君、慌てるからよ」「しょうがない。それだけ美味しかったんだ!」
それを聞いた美羽は自然に笑顔があふれるのだった。
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シリーズ 日々掌編短編小説 449/1000
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