青い瞳が握りしめる籃球
「確かに青い瞳だ」ワシはひとりでこの壮大な湖を眺めていた。本来透明な湖の水。上空からの青い空の影響でそう映っているだけに過ぎないのに、その青さの深み、そして重厚さを見るととてもそんなレベルでは語れない何かを感じる。この湖の水面には近づけない。その理由は断崖のような崖の底にある火山湖。安易に人を寄せ付けないことが、青い瞳としての意味をもたらしているような気がしてならない。
また天気が良いのに場所柄、常に強風が吹きつけ、呼びかけるような高音が頻繁に鳴り響く展望台の環境も、よりそういう気持ちにさせてくれるのだ。
だがこの湖を見るとワシは彼女を思い出す。我が青春時代に青い瞳で元気に、バスケットボールを嬉しそうに両手で握りしめていたキャサリンのことだ。
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彼女はアメリカ外交官の娘として、中学1年の夏休み前に転校してきた。金髪というより茶色みがかった髪にもインパクトがあったが、それ以上に彼女の視線から垣間見える青い瞳が印象的だった。
当時は中学生から英語教育が始まったころだから、教師が「これはペンです」などというローレベルな英語を指導していた。その横で、ネイティブな英語を語る彼女に、教師はいつも面目がつぶれたとばかりに不機嫌な表情をしていたのを今でも覚えている。
だが、そのことで彼女は相当傷ついたのも事実。そりゃそうだろう。生まれながら普通に理解している言葉をしゃべるだけで、嫌な顔をされるなんて尋常ではない。だからキャサリンはあるときから、ワシらと接点のある学校では原則英語を封印していた、それは外来語も。
「私、籃球が好きなの」と彼女は笑顔でしきりに言っていた。でも籃球(らんきゅう)と言われても何のことかピンとこない。ランチュウという金魚ならそのとき飼っていたから、最初はそれと勘違いしてしまった。
「もう、籃球ってこれ」と彼女が手にしていたのはバスケットボール。後で知ったが、籃球は日本のバスケットボールの呼び名だったことを知る。
ひょっとしたら彼女はワシに気があったのかもしれない。やけに話しかけて「放課後に籃球をやろう」なんて言っていた。
それにしても彼女は日本語が得意だったなぁ。そりゃ、若干の訛りはある。でも全く聞き取れないことはないし、基本的に言っている意味が理解できた。
彼女は本当に頭が良かったんだろう。
バスケットボールのルールは彼女から教えてもらった。普段は友達とかクラスメイトを集めて放課後に足跡のチームを作って遊んだ。集まらないときには、ふたりだけのときもある。ゴールのネットに入れるコツなど、いろいろ教えてもらった。
キャサリンはアメリカでプロの選手になるという夢を持っていたが、さてどうだったんだろう。まあ公立の中学校に来ていたから、その先は厳しいだろうなあ。
そんな彼女は中学三年の冬休みの直前に別れることになった。外交官の親の都合だから仕方がないのだろう。彼女は「お世話になりました」と流ちょうな日本語で挨拶してそのまま立ち去った。
ワシは連絡先を聞けばよかったのかもしれない。だがそんな雰囲気もなかった。だからキャサリンがその後どうなったのか全く分からない。ひょっとしたらアメリカの女子プロバスケットリーグに所属している可能性はある。だけどそれは、ワシの空想の世界で置いておくとするか。
少なくとも彼女はワシにバスケットボールの魅力を脳裏にたたきつけてくれた。もちろん運動神経が平均値のワシが、プロ選手にはなろうとは到底思わない。だけど日本でプロ化する前のバスケットボールのリーグから関心を持てたのだ。
そして21世紀に入って、プロ化を巡って組織がbjリーグとJBLに分裂したことも知っている。ああいうのは団体同士で切磋琢磨できる分にはいいが、大局的に見たら良くないのだろう。
だから2016年以降に統一されてB.LEAGUEとして誕生したというニュースを聞いたときは無性に嬉しかった。
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おお、こんな時間になってしまったな。そろそろ帰らないと暗くなる。摩周湖、いやキャサリンの青い瞳よ。ワシはこれで失礼する。そして今年もB.LEAGUEを楽しませてもらうよ。もちろん日本の男子バスケットのハイレベルな戦いが見られるBリーグオールスターも今後しっかり追いかける。
摩周湖を見ていた男は、ここで展望台から湖面に対して静かに一礼。そして静かに立ち去るのだった。
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