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暑い秋でもガンバレ 第566話 8.11

「華、今暇?」「うん、花、私に何の用? まあ今は時間あるけど」山中華は、友達の中山花から声をかけられ、声の方に首を向ける。
「あの、実はさ、ちょっといいかしら」
 ちょっと思いつめたかのような花の表情。華は少し気になりつつ、話を聞くことにした。「いいわよどうぞ」
「なんかさ、疑問があって。よく暦の上での秋っとかっていうじゃない」「ああ、立秋ね。えっと今年は8月7日だったそうね。でもオリンピックのことがあったから全然気づかなかった」
「オリンピック。あ、それは別にいいんだけど。そのさ、例えば今日でも実際は全然暑いじゃない。なのに何で秋なんて言うのかなって」
 話を聞けば花のあまりにも他愛のない疑問に、花は思わず口元が緩んだ。

「うーん、そんなの考えたことないわね。私が知っているのは、その立秋をすぎたら残暑に変わるから、暑中見舞いが残暑見舞いに変わるってことくらいかしら」
「あ、そうなんだ。なんだか面倒な風習ね」花はあからさまに鬱陶しい表情。「どうしたの。急にそんな暦のこと。立秋とか残暑とか関係なく、まだ8月は夏よ」
「どうせ暦が秋なら、とっとと涼しくなってくれた方がいいんだけど」
「なに? しょうがないでしょ。そんなこと言ったって、9月に入って急に涼しくならないじゃないの。大体10月の中くらいまで昼間は暑いわよ」
 花は不満の表情になり、口が膨れている。華は花が不満のときはいつもそうなることを知っている。しばらく黙っていたが、ふと思い出した。
「あ、わかった。花、それ遺跡のことでしょう」
「そうよ。私のグループでの夏の自由研究が遺跡発掘って、馬鹿にしていない」

「うーん、花のグループは歴史とか好きそうな人、多そうだもんね」「いや、私も歴史は好きよ。でもね、何でこの夏に遺跡発掘やるの」
 花の語気がどんどん強くなる。
「もうリーダーの頭、熱中症か何かでイカレてるんじゃないかしら!」
 聞き役の華は、黙って何度もうなづく。「花、それは大変ね。わかる。同情するわ」「でしょう。遺跡って黙々と土の中を慎重に掘って、土器とかの破片を探すの。それはいいよ。だけど」
「夏の自由研究にするなってことね」
「そう! この時期いくら帽子とか被っても暑くてたまらないわ。また発掘先が、山の中の開けたところにあるからちょっと山登らないといけないし、近くにはマッシュルームみたいなキノコが生えてるのよ。そんなところでやってるから、汗が流れてたら、それが乾いて痒くなるのよ。もう一昨年旅行に行ったアンコールワットのときそっくり」

「研究は8月中よね。でもレポート書く日程とか考えたら」「うん、あと10日くらいかな。『秋』というなら、もう涼しくなってくれないかしら」言いたいことを、全部華にぶちまけてストレスが発散されたのか、花の表情がようやく落ち着いた。

「そうだ、華のグループの夏の自由研究は、海の生き物採集だっけ」「そうよ」「いいわね。海なんて、夏らしい!」羨ましそうな花の表情。しかし華は首を横に振り大いに否定する。「花、そんなことないの。傍から見たらそうかもしれないけど」「え、何で? 冷たい水に入って気持ちいいじゃないの」

「あの、私たちが狙っている海の生き物ってどんなのか知ってるの」
「え、お魚でしょ。かわいいクマノミとかあとカラフルな熱帯の魚」「違う違う、まず魚は早くて私たちの手に負えないの」「じゃあ何採集しているの」
「波止場とか岩場にいるの。小さなカニとか、藤壺、あとフナ虫とかそういうのよ」「いや! それ気持ち悪いんじゃないの」「そう、でも今のはまだまし、もうウミウシとか、絶対手に触りたくないのとか」「え、話聞いているだけでも気持ち悪そう」

「でしょう。リーダーが言うには魚は素早くて取れないから、動きの遅いのを狙おうだって、やっぱりイカレているんじゃと思ったの。それと」
「なに、まだあるの」「この前メンバーの男子が、変なイタズラして」「何? イタズラって」「どこからか爆竹を手に入れて、それをひとつだけほどくのよ。それを岩の水場にいた小さなイソギンチャクに加えさせるの。その上の導火線に火をつけて」
「なにそれ、酷い!」「もうね。突然破裂音したからみんなびっくり。そいつ、リーダーに相当怒られてたけどね」
 華は思い出しながら、思わずため息をついた。
「ああ、そんなイタズラする子はこっちにはいないわ。それ聞いたらちょっと安心したかも」

「そうそう、立秋を過ぎると逆に私は嫌かな。もうお盆のあたりになると、海にやたらクラゲが出ちゃうのね。私たちのグループは生き物を採集したらちょっとだけ隣のビーチで軽く水浴びして帰るんだけど、もうできない。あのクラゲの白いフワフワ、間違って一度触っちゃってさ、その感触の気持ち悪いったらありゃしない。それに電気クラゲなんてでてくるでしょ」
「あ、それ。痛いんだ。私、刺されたことある」「ウソ! 大変じゃん。もう今年海に入るのやめよう」

 こうしてふたりの会話は、しばらく続いた。

「さてあと10日。本当は涼しくなってほしいけど、もう少しだから頑張りますか」「そうねえ、あと10日したら、レポート作成。その時は冷房が効いた部屋で過ごせるわ」
「よし、私たちガンバレ!」ふたりは合掌するかのように、同時に声を上げた。「あれ、華、何か変?」「うん、花、たぶんガンバローが正解かも」そう言いつつ、お互い笑った。

「あ、そろそろだ。私、行かなきゃ」花は時間を確認する。「じゃあ行ってくる」「え、いまから?」「そう暑いから、最近は夕方から採掘なの。華に愚痴をこぼせたから、ちょっと元気になったわ。じゃあね」こう言って花は華の前を去っていく。

「あら? メッセージ」華はスマホを見た。「え、今から海に行くの? え、夜行性の生物を狙うって。はあ、まあ夜なら涼しいからいいか」と、愚痴を聞く相手もおらず、独り言をこぼしながら、海に向かう華だった。

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