「#旅のようなお出かけ」企画に参加してくれた、桃胡 雪さんの「神様の与えた道草」を読んだ感想。
気が付けば9月もあと1週間を切りました。ゆっくりと続いているこの企画もあとわずかで終わりますが、参加してくださった皆さんの作品はまだ多く残っていますので、マイペースだけど、できるだけ丁寧に感想を書いていきます。
第18弾は桃胡雪(みるく ゆき)さんの「神様の与えた道草」。道草という言葉にぴったりくる、大人の物語です。
1.妻子いる彼との別れ
スマホを操って「私と別れてください」とだけ伝えると、その日の夜にはとてもあっさりと「わかりました。今までありがとう。」という返事が届いた。
いきなり別れ話からスタートするこの物語は、いわゆる不倫カップルの別れ。妻子がある相手ということで、いずれこうなるとわかりつつ、ようやく決断した主人公。出会ったという板橋区成増といえば、埼玉県和光市と隣接する場所で、東京都心と埼玉の境界線といえるところです。そして出会ったのは副業先の呑み屋でした。
こうなると本当は相手が離婚(つまり略奪婚)というのが理想でしょうけれど、とてもそんな状況ではありません。ようやく見切りをつけられたのも、生活の変化がきっかけでした。
2.「都会を去れ」とのお膳立て
不倫相手の彼と別れるきっかけが、主人公の生活の変化と連動していました。とにかく「都会を去る」というキーワードにふさわしい出来事の連続。本業のアパレル業界の業績悪化、そして実家のある故郷から矢のような最速で「戻ってきてほしい」という連絡。
不思議なもので、人生のあるタイミングで物事が大きくかわるとき、そのときは周りがそういう流れになるのは事実です。これにはいくら抵抗しても無理で、その流れに従うのが最良の道。
神仏の存在云々を言うと話がややこしくなりますが、これは神からの「お膳立て」といえます。そんな瞬間が、この物語では都会との決別。ちなみに主人公は、埼玉の朝霧に住んでいて、それはちょうど成増とは和光市を挟んだ反対側でした。
3.初の反対方向へ道草に向かったところとは
ここまでなら都会を去って、主人公の故郷・東北に戻る行程が「お出かけ」なのかと思ってしまいますが、そうではありません。確かに東京から地方に戻るという流れ。引き上げるための荷物の整理をしている最中に主人公は彼が忘れていたライターを見たときに、道草をすることにしたのです。
その場所は、別れた彼が住んでいるという埼玉の川越でした。朝霧を地図で見ると、東武東上線が池袋から成増・朝霧そして川越につながっています。
基本的に朝霧からは成増や池袋方面にしか行かない主人公。初めての反対方向です。それは別れた彼が生活している川越に、道草というお出かけを始めることにしました。駅のホームに来る電車がいつもとは反対方向。そこには、これまで一度も足を踏み入れていません。
4.観光ではなく日常の生活を見るのもまたお出かけ
川越といえば、小江戸と呼ばれ、時の鐘とかが有名ですが、この川越はそんな観光としての街ではなく、あくまで都心を囲む住宅地の一つとして取り上げられています。比較的大きな町と思いながら、東口に目指した主人公がしたことといえば、周辺の街歩きとクレアモールという商店街の訪問です。あとはどこにでもありそうな、チェーンのコーヒーショップでいただくコーヒー。
物理的にはどこにでもあるコーヒーを飲んだだけに過ぎない。だが精神的な面では、かつて付き合った彼が住んでいた町「川越」というものを見たかった。見たところで何もかわらない。ただ将来的にそんなこともあったのかと記憶の片隅に残るくらいだろう。「道草」という名のお出かけは、見た目ではとても地味。でも帰り際にも残っていた彼への思い、嫌いになる前、関係が壊れる前に決断した、別れの余韻を味わいたい。主人公には必要な時間であり場所なのでした。
5.もし私がこの小説書いたら?
そうですね。別れた彼の存在をもう少し入れてみるかもしれません。例えば最初の登場シーンを出して、彼が連絡先を教えてきた。そして翌日か何かに職場で嫌なことがあって、とっさに彼に連絡したとか。あとは川越に来てから彼の残像を回想として追いかける。それからは彼が好きそうな服装をしている人がいて、一瞬彼に見えたとか。または1年近くの楽しい日々を、川越のカフェでコーヒーを飲みながら、より具体的に楽しんでいたシーンを回想するようなところを入れてみたいです。
まとめ
旅やお出かけにはいろんなスタイルがあり、出かける人もいろんな動機で行きます。そしてこれは本当に主人公しかわからないお出かけなのだろうと思いました。読めばなぜ言ったのかがある程度理解できる、でももっと奥深いところのことは、多分主人公以外にはわからないのかなと。
だけどこのお出かけをすることで、神様が導いた新しい出発への踏ん切りがついた。終わったら後悔もなくなったのでしょう。そんな神様が与えた「道草」という名のお出かけも、ときには必要なのかな。大人の物語を読み返しながらそんな風に感じました。
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