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未来小説 1年後の朝

「格別な夜明けだ」吉田は、今まさに雲の上から顔を出そうとしている朝日を見てつぶやいた。
 ここは飛行機の中。ときは2021年秋、海外からの帰国便の中である。吉田にとっては2020年の1月以来の海外渡航。今までは年に2・3回海外旅行を楽しんでいるのだが、前回の帰国後に突然世界を恐怖に陥れた感染症で、パンデミックが発生。事実上の鎖国状態となり、海外に出ることが事実上に不可能になったのだ。

「1年前ではもう見られないと思っていた、雲の上からの朝日はなんと神々しいのだろう。まるで鳳凰が羽ばたくようだ」
 それまではそんなに気にせず、朝に帰国するからと眠っている時間。時折トイレで起き上がることはあるが、たいていは深夜便になる日本行きの空路は、吉田に限らずほとんどの乗客が眠る。実際にこの日も、そのときと大差がない。

 だが朝日で目が冴えた吉田は、窓際の席だったことを良いことに、体を窓のほうに折り曲げて見る。そして前回の渡航が終わってからこの日までのことを振り返った。あたかも気軽なお出かけとして、当たり前のように毎年渡航していた海外。あの日を境に閉鎖されてしまった。緊急事態宣言なるものが出てしまう。それで国内移動ですら不可能ではないものの、とてもそんな状況ではなくなった。
 それでも夏以降になれば国内旅行はできるようになる。吉田自身もちょうど1年ほど前には国内某所を旅していた。

「でも違うんだ国内とは。日本語が普通に通じるし、通貨も日本円。当たり前だけどそれがつまらない。今回のように、単語の羅列がメインになっている英語を駆使して相手と意味をすり合わせながら、いざとなればボディランゲージで現地の人とコミュニケーションをとる。あるいは国によって異なるお札やコインを握りしめての食事やショッピング。そのお札も両替所によってレートが違う。そのレートの良しあしを見定めるのも、楽しい旅のひととき」

 吉田の思いは頭の中の出来事。だから周囲の誰も聞いていない。聞こえるのはジェットエンジンにより発生するやや高めに発する一定の音。だが自問自答で引き続き頭の中で語り続ける。
「それ以上に違うのは五感だ。常夏の空気の味わい。ときおりフルーツが混じったあの生ぬるい空気が、今回も来たことを告げてくれる。そして心地よい、炸裂する現地語というBGM。滞在するなら知る必要がある言葉のひとつひとつの意味も、短期旅行者にとっては別にわからなくてもいい。だから日本では味わえないあの独特の音感こそが、聴覚を心地よいものにしてくれた。
 ある程度の映像と音の雰囲気なら、オンラインでの旅行記で味わえる。実際に何度かは参加した。そして見るたびに懐かしさもある。あたかもドキュメント映画を見ているようだ。だがそれでは物足りない。そこには触覚と嗅覚そして味覚がないからだ」

 このとき、今回の旅で吉田が実際に食べたものがその味わいとともに脳裏からあいまいながらも映像として浮かび出された。日本料理と比べて刺激があまりにも激しい香辛料。アロマもフレーバーも含め、食べた瞬間。口の中の舌が、味覚の判断を混乱させっつつも、少しずつ刺激として伝えてくれた。日本でもこれらの料理を専門に出す店はある。味覚体験だけならそれでも良いだろう。確かにそこでも懐かしさが感じられた。だが現地にいけば、そこの臨場感ある空気と良いあんばいに合わさり、最強のシナジーが味わえるのだ。

「午前8時を過ぎればあれだけ暑くて、外に歩くのも大変。暑さのあまり水を飲めば副作用として汗が出続ける。だから長時間歩けばつらかった。だが体験できないという事実を突きつけられれば、その暑つさ、辛さすらも恋しく思う」

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 そして2021年を迎え、あるタイミングであの感染症がついに終息に向かいだした。人類は歴史上ウイルスによって滅ぼされたこともなければ、終息しないパンデミックはない。いつかこの日が来ることはわかっていた。だが本当にそれが来て、そしてついに海外旅行が一般観光客に完全開放。だから喜びに満ちた吉田は数日前に渡航したのだ。

「だからまた味わえた。数日前に到着したときのあの空気が懐かしい。それからの数日は、過去の体験とシンクロした本当に夢のよう。でもこれは夢ではない」吉田はそういって自らの頬を指でつねり痛みを確認した。

「飛行機の上は高度1万メートルの上空。富士山とか高い山の頂上で『ご来光』を楽しみありがたく拝むのに、それよりもはるかに高い上空なのに、寝ているなんてなんともったいないことをしてたんだろう」
 吉田は隣の席の人が寝ていることを良いことに、声に出してつぶやく。そして飛行機の窓越しから光を照らしてくれる朝日に、目を閉じ、手を合わせて拝むのだった。

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※写真は1年後ではありません。むしろ1年以上前か。


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こちらは83日目です。

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シリーズ 日々掌編短編小説 248

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